佐々木冬彦

佐々木冬彦（ささき ふゆひこ、1965年1月28日 - 2020年6月24日）は、作曲家、そしてハープと古代の楽器である箜篌（くご）の演奏家として、日本の音楽界において独自の道を歩んだ人物です。

音楽との出会いと学び

岩手県江刺市（現在の奥州市）で生を受けましたが、ほどなく千葉県流山市に移り、そこで少年時代を過ごしました。幼少期に特別な音楽教育を受けたわけではありません。東京芸術大学で西洋美術史の教鞭をとっていた父・佐々木英也が、自宅でシャンソンやオペラのレコードをよく聴いており、その影響で音楽に触れる機会はありましたが、すぐにクラシック音楽に夢中になったわけではありませんでした。

音楽に目覚めたのは小学校5年生の時でした。NHKラジオ第1放送の番組「音楽の泉」で聴いたカール・リヒターの演奏するバッハのオルガン曲に心を動かされ、クラシック音楽に関心を持つようになります。さらに、その後耳にしたヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のベートーヴェン「運命」のレコードに強い衝撃を受け、カラヤンは彼の生涯にわたる愛聴する指揮者となりました。小学6年生の頃には、ルドルフ・ケンペが指揮するリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」をラジオで聴き、自らも作曲をしてみたいという思いが募り、独学でピアノと作曲を始めました。正規の音楽教育、具体的にはピアノやソルフェージュを習い始めたのは中学3年生になってからです。この頃、プロテスタント教会で洗礼を受け、キリスト教徒となっています。地元の中学・高校では、幸いにもクラシック音楽を好む友人たちに恵まれ、彼らとの交流がクラシック音楽への造詣を深める重要な機会となりました。

千葉県立東葛飾高等学校の3年生の時、ラジオで放送された武満徹の「海へ II」の初演を聴き、深い感動を覚えました。これがきっかけで武満作品を愛好するようになるとともに、ハープという楽器に強い魅力を感じるようになります。高校卒業後、東京芸術大学作曲科へ進学。大学では、「海へ II」を初演したハープ奏者の篠崎史子からハープの指導を受けました。作曲科での担任は黛敏郎でしたが、黛からは主に作曲技法の実践的な指導を受け、一方、精神的な面では「第2実技」で師事した松村禎三から大きな影響を受け、卒業後も松村との親交は長く続きました。

音楽家としての活動と箜篌との出会い

1987年に東京芸術大学作曲科を卒業し、さらに同大学作曲科修士課程に進学、1990年に修了しました。修士課程修了を目前にした1989年12月10日、横浜市の神奈川県民ホール小ホールで谷川賢作らと共演し、自作を演奏するコンサートを開催。これが佐々木冬彦の音楽家としての正式なデビューとなります。以来、作曲活動と並行してハープ奏者としても積極的に活動し、クリスチャンとして多くのキリスト教会でチャペルコンサートに出演しました。

1993年1月、国立劇場での公演で一柳慧の作品「プラーナ」を演奏したことが、箜篌奏者としてのデビューとなりました。これを機に、当時国立劇場のプロデューサーを務めていた木戸敏郎との共同制作を通じて、古代の楽器である箜篌を用いた多くのパフォーマンスや作品発表を行いました。国際的な注目も集め、2012年2月にニューヨーク市で開催したリサイタル「箜篌の響き」（MFJ2012公演）は、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されました。この演奏会のために作曲され、東日本大震災で被災した福島への追悼の念を込めた「ひとであるあかしとして」は特に高く評価され、朝日新聞にも「時空を超えた曲」と評されています。

ハーピストからの引退、そして晩年

20代前半に経験した左目の網膜剥離手術の後遺症である硝子体の混濁が、50代になってから顕著に現れました。左目の視界がぼやけ、遠近感が狂ったことで、ハープの複雑な弦を正確に見分けることが困難になります。これ以上のハープ演奏は難しいと判断し、2017年末に川越福音自由教会で行われたコンサートをもって、ハーピストとしての活動から引退しました。しかし、音楽活動を止めたわけではありません。箜篌奏者としては活動を続け、また、ハープの練習に充てていた時間を作曲活動に集中させることで、新たな境地を開きました。「黙示録」のような大規模なオーケストラ作品もこの時期に生み出されています。

2020年6月24日、脳梗塞のため、惜しまれながらも55歳で急逝しました。

人物と交流

東京芸術大学での師として、作曲技法を黛敏郎に、そして精神的な面で松村禎三から大きな影響を受けました。ハープの師である篠崎史子とは関係が深く、学生時代から長年にわたり篠崎の箜篌の組み立てや調弦のアシスタントを務めたほか、篠崎の指揮で武満徹の「海へ II」を演奏する機会もありました。

音楽的な嗜好は幅広く、クラシックではカラヤン、武満徹、グレン・グールド、アルバン・ベルクを愛聴しました。さらに、ポピュラー音楽ではザ・ビートルズ、矢野顕子、忌野清志郎の名前を挙げています。バッハに対しては、単なる「愛好」という言葉を超えた「尊崇」の念を抱いていたといわれます。

私生活では、2006年9月にヴァイオリニストの宮野陽子と結婚しました。大学時代に面識はありませんでしたが、自身の母教会である松戸小金原教会で出会ったことがきっかけです。結婚に際して、宮野の連れ子である3人の子供たちの父となりました。

受賞歴と主な録音・作品

1995年には、福井ハープ音楽賞第2回国際作曲コンクールで優秀作曲賞を受賞しています。この受賞を機に、審査員長であった一柳慧との交流が始まり、一柳作品の初演・再演を数多く手掛けることとなりました。

主な録音としては、ソロアルバムに『主よ、人の望みの喜びよ』『祈り・音楽・海』『レザレクション・ウィズ・ユー』『愛について』などがあります。また、箜篌奏者として『甦る古代の響き～箜篌』にゲスト参加し、一柳慧や石井眞木といった作曲家の作品を演奏しています。他にも寺嶋陸也、紫園香、中村仁美、芝祐靖らのアルバムに参加し、自身の作曲作品や箜篌の演奏を披露しています。

作曲作品は多岐にわたり、初期のピアノ曲やハープとピアノのための作品から、オーケストラ、合唱、室内楽、ハープ独奏曲、邦楽器を取り入れた作品、そして晩年のオーケストラ大作「黙示録」に至るまで、幅広い編成で多くの作品を残しました。特に教会での礼拝のために作曲された膨大な数のオルガン前奏曲・後奏曲も存在しますが、その全容は現在も完全に把握されてはいまだに把握されていません。彼の作品は、ハープや箜篌といった自身の楽器の特性を活かしつつ、クラシックから現代音楽、さらにはポップスや雅楽といった様々な要素が融合された、独自の響きを持っています。

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