使徒の愛餐

『使徒の愛餐』：ワーグナーの宗教的合唱作品

リヒャルト・ワーグナー作曲の『使徒の愛餐』（ドイツ語: Das Liebesmahl der Apostel）は、男声合唱とオーケストラのための小カンタータです。副題に「聖書からの一情景」とある通り、新約聖書の『使徒言行録』を題材としており、ワーグナーの数少ない合唱作品の中で、唯一宗教的な色彩を持つ作品として知られています。

成立の背景

パリでの不遇な時代を経て、ワーグナーは1842年、ドレスデンでの歌劇『リエンツィ』上演の打診を受け、同地に移住しました。『リエンツィ』の成功がきっかけとなり、翌1843年にはザクセン王立管弦楽団の指揮者に任命されます。同時期に、ドレスデン・リーダーターフェル（男声合唱団）の主任指揮者も務めることになり、1843年7月に開催される「ザクセン男声合唱祭」のために、約30分程度の新作の作曲を依頼されました。ワーグナーは、この依頼に応えるため、『タンホイザー』の作曲を中断し、『使徒言行録』のペンテコステ（聖霊降臨）に基づくテキストを作成し、1843年5月から6月にかけて本作を一気に作曲しました。

初演とその後

『使徒の愛餐』は、1843年7月6日にドレスデンの聖母教会で初演されました。100人のオーケストラと1200人もの合唱団員による大規模な演奏は聴衆を熱狂させ、その後、複数の出版社から楽譜が出版され、19世紀末までドイツ各地の男声合唱団の重要なレパートリーとして演奏されました。

しかし、ワーグナー自身は初演に落胆したと伝えられています。大人数の合唱団にもかかわらず、満足な響きが得られなかったことに失望し、自伝の中で「声楽において数を頼ることがいかに愚かであるかを思い知った」と述べています。この経験から、ワーグナーは二度とこのような大規模な合唱作品は書かないと誓ったとされています。その後、ワーグナーは2年余りでドレスデン・リーダーターフェルの主任指揮者を退き、後任を友人のフェルディナント・ヒラーに譲っています。

ワーグナーが作曲した男声合唱作品は、本作の他に、『タンホイザー』の「巡礼の合唱」（本作以前に作曲された可能性あり）、および『ドイツ消防隊への標語』のみで、合唱作品自体が少ないという特徴があります。また、楽劇における合唱の使用も限られており、『ニーベルングの指環』では『神々の黄昏』のみで合唱が使用されています。

編成

『使徒の愛餐』は、以下の編成で構成されています。

3群の男声合唱（テノール2部、バリトン、バス）
12使徒（バス12人）
天井の合唱隊（テノール16人、バリトン12人、バス12人）
オーケストラ：ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、テューバ、ティンパニ4、ハープ4、弦5部

楽曲の特徴

この作品の最大の特徴は、最初の20数分間がア・カペラで歌われる点にあります。3群に分かれた大人数の合唱団をア・カペラでコントロールし、それぞれの合唱群が正確なタイミングで歌い始め、20分間にもわたって正確な音程を維持しながら、徐々にオーケストラとのアンサンブルに移行していくという、非常に難易度の高い構成となっています。

また、高所に別群の合唱隊を配置することで神秘的な効果を生み出すという試みは、後に『パルジファル』でも用いられています。初演時には、合唱団は教会のドーム内の複数のギャラリーに分かれて配置され、一部は見えない状態での演奏が行われました。

ディスコグラフィー

『使徒の愛餐』の主な録音として、以下のものが挙げられます。

ピエール・ブーレーズ指揮、ロンドン交響楽団（1975年）
クリスティアン・ティーレマン指揮、シュターツカペレ・ドレスデン（2013年5月8日ドレスデン聖母教会ライブ録音）

日本初演

日本初演は、1980年1月10日に桜井吉明指揮、大阪大学男声合唱団とワグネル・フィルハーモニー管弦楽団によって行われましたが、この演奏は「編）辻井英世」とクレジットされており、オリジナル版ではないとされています。完全オリジナル版の日本初演は、1991年10月25日、若杉弘指揮、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団および同OB合唱団、東京都交響楽団によって、同楽団の第337回定期演奏会において行われました。若杉弘の要望により、師である畑中良輔が指導し、また、ワーグナーの名を冠し、大人数の合唱団員を確保できる合唱団としてワグネルが選ばれました。なお、若杉弘と畑中良輔は1980年の演奏があったことは認識していなかったようです。

参考文献

Wolf-Daniel Hartwich: Richard Wagners Liturgie der Zukunft. Jüdisch-Christliche Kunstreligion im 19. Jahrhundert. In: Richard Faber (Hrsg.): Säkularisierung und Resakralisierung. Zur Geschichte des Kirchenlieds und seiner Rezeption. Königshausen und Neumann, Würzburg 2001, ISBN 3-8260-2033-2, S. 79–98.

外部リンク

Das Liebesmahl der Apostelの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)
Digitalisierte Originalpartitur auf der Website der Sächsischen Landesbibliothek – Staats- und Universitätsbibliothek Dresden
Werksangaben und Einspielungen auf Klassika
* Text des Werks und Angaben zur Besetzung auf der privaten Website Wagner-Web

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