リエンツィ

リヒャルト・ワーグナーの初期大作オペラ『リエンツィ』

『リエンツィ、最後の護民官』（Rienzi, der letzte der Tribunen）は、リヒャルト・ワーグナーが1840年に作曲した5幕からなるオペラです。しばしば『リエンツィ』と略され、リエンチと表記されることもあります。この作品は、エドワード・ブルワー＝リットンの小説『リエンツィ、最後のローマ護民官』を原作とし、ワーグナー自身が台本を手がけました。

実在の人物をモデルにした物語

タイトルロールであるリエンツィは、14世紀のローマに実在した政治家コーラ・ディ・リエンツォ（またはリエンツィ、1313年-1354年）がモデルです。ワーグナーは、史実と原作を基に、民衆の支持を得て権力を握るも、最終的には民衆の裏切りによって命を落とすという、劇的な物語を創り上げました。

ワーグナー初期の「大悲劇オペラ」

ワーグナー自身が「大悲劇オペラ」と呼んだ本作は、初期の代表作として知られています。ワーグナーの作品目録（WWV）では49番目に位置づけられています。

初演は1842年 10月20日、ドレスデンのゼンパー・オーパーで行われました。この成功により、ワーグナーはドレスデンのオペラ総監督に就任し、オペラ作曲家としてのキャリアを本格的にスタートさせました。

日本では、1998年11月に藤沢市民オペラによって全幕が初演されました。長大な作品であることや、バイロイト音楽祭の演目に入っていないこともあり、上演頻度は低いものの、序曲は演奏会などでよく演奏されます。アリアでは、第5幕の「リエンツィの祈り」が特に有名です。

作曲の背景

1836年、ケーニヒスベルクの宮廷劇場の指揮者だったワーグナーは、ブルワー＝リットンの小説に触発され、オペラ化を決意しました。1838年夏頃に台本を完成させ、音楽の作曲は1839年に開始。しかし、経済的な困窮からパリへと移り、作曲は一時中断されます。1840年2月にパリで作曲を再開し、同年11月に全曲を完成させました。

初演の成功とその後の評価

ワーグナーはパリでの上演を望んでいましたが、実現せず、ドレスデンでの上演を決断しました。初演は大成功を収め、当時の革命の気運と相まって、聴衆から熱狂的に受け入れられました。この成功は、ワーグナーがオペラ作曲家としての地位を確立する上で大きな転機となりました。

初演後、『リエンツィ』はドレスデンで1873年までに100回、1908年までに200回上演され、ワーグナーの作品の中でも最も成功した作品の一つと評価されています。

原作と台本

原作は、エドワード・ブルワー＝リットンの小説『コーラ・ディ・リエンツィ、最後の護民官』（1835年）です。ワーグナーはこの小説を基に、独自の視点を加えて台本を制作しました。

楽器編成

当時のオペラの様式にならい、大規模な楽器編成が用いられています。特にトランペットは4管編成で、クライマックスを盛り上げる役割を担っています。

- 木管楽器: フルート2、ピッコロ、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、セルパンまたはコントラ[[ファゴット]]
- 金管楽器: ヴァルヴホルン2、ナチュラルホルン2、ヴァルヴトランペット2、ナチュラルトランペット2、トロンボーン3、オフィクレイド（テューバで代用）
- 打楽器: ティンパニ、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、テナードラム、タムタム
- その他: ハープ、弦五部
- バンダ: トランペット、オルガン、鐘、ブラスバンド（トランペット12、トロンボーン6、バスチューバ4、小太鼓10、中太鼓4）

演奏時間

全曲の演奏時間は約3時間40分です。初演時は幕間を含めて6時間以上を要したと伝えられています。初演版は長大であったため、短縮版が作成され、現在では主に短縮版が演奏されています。近年の初稿上演では、4時間30分ほどの演奏時間となっています。

登場人物

- リエンツィ：ローマの護民官
- イレーネ：リエンツィの妹
- アドリアーノ：貴族コロンナの息子
- その他：伝令官、ローマの貴族と家臣、市民、元老院議員、僧侶、修道士、コロンナ家とオルシーニ家の配下、ミラノとロンバルディアの人々、大使、平和の使者

構成

時と場所: 14世紀半ばのローマ

- 第1幕: ローマ市内のリエンツィ家の前。リエンツィは民衆の支持を得て護民官となる。
- 第2幕: カピトールの広間。貴族たちはリエンツィ暗殺を企てるが失敗。リエンツィは貴族たちを許す。
- 第3幕: 古代の広場。貴族たちが反乱を起こし、リエンツィはこれを鎮圧。アドリアーノは父の死をみてリエンツィを恨む。
- 第4幕: ローマ市内のラテラーノ教会の前。皇帝と教皇がリエンツィを弾圧。民衆もリエンツィに反感を抱き、暴動が起こる。
- 第5幕: カピトールの広間とその前の広場。民衆の暴動は激化し、リエンツィは妹のイレーネ、アドリアーノとともに崩壊する殿堂の下敷きとなり、命を落とす。

『リエンツィ』とアドルフ・ヒトラー

『リエンツィ』は、ナチス・ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーに大きな影響を与えた作品として知られています。ヒトラーは、リエンツィの生涯に自身の姿を重ね合わせ、この作品から政治的なインスピレーションを得ていたとされています。

ヒトラーの少年期の友人であったアウグスト・クビツェクは、若い頃に『リエンツィ』を鑑賞したヒトラーが、この作品に強く影響されて政治を志すようになったと証言しています。この証言の信憑性には疑問の声もありますが、ヒトラーが『リエンツィ』の自筆譜を所有していたのは事実です。この自筆譜は、ヒトラーの死後、行方不明となっています。

ニュルンベルクのナチ党党大会では、開会式の音楽として『リエンツィ』の序曲が使われていました。ヒトラーは、リエンツィの生涯と自身の政治的な野望を結びつけていたとされています。

参考資料

- 『最新名曲解説辞典歌劇2』（音楽之友社）
- 『新グローブオペラ事典』（スタンリー・セイデイ著,白水社）
- Grey, Thomas S. (ed.), (2008) The Cambridge Companion to Wagner, Cambridge: Cambridge University Press.
- Karlsson, Jonas, (2012). "'In that hour it began'? Hitler, Rienzi, and the Trustworthiness of August Kubizek's The Young Hitler I knew", The Wagner Journal, vol. 6 no. 2 (2012), 33–47.
- Kershaw, Ian (2000). Hitler 1936-1945: Nemesis. London: Allen Lane: The Penguin Press. ISBN 978-0713992298.
- ヨアヒム・ケーラー、橘正樹（訳）「第2章最後の護民官」『ワーグナーのヒトラー ――「ユダヤ」にとり憑かれた預言者と執行者』三交社、1999年11月15日、43-66頁。ISBN 4-87919-141-8。
- Carnegy, Patrick (2006). Wagner and the Art of the Theatre. Yale University Press. ISBN 0-300-10695-5
- Speer, Albert (1976). Spandau: The Secret Diaries. Macmillan
- Vaget, Hans Rudolf (2003). The political ramifications of Hitler's cult of Wagner, Hamburg, 2003. Accessed 29 December 2009.

外部リンク

- リエンツィの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)

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