依田勉三

依田 勉三

依田勉三（よだ べんぞう、1853年 - 1925年）は、明治期から大正期にかけて北海道の開拓に生涯を捧げた人物です。伊豆国の豪農の家に生まれ、志を抱いて北海道へと渡り、現在の帯広市にあたる十勝平野の開拓を主導しました。彼が同志と結成した「晩成社」の活動は多くの苦難を伴いましたが、その功績により緑綬褒章を受章し、現在では北海道神宮開拓神社の祭神としても祀られています。

生い立ちと学び

勉三は嘉永6年（1853年）、伊豆国那賀郡大沢村（現在の静岡県賀茂郡松崎町）で、甲州武田氏の流れを汲む豪農・依田家の三男として生まれました。幼少期に兄が亡くなったため、戸籍上は次男となっています。幼名を久良之助と称し、土屋三余や保科酔月から漢籍の教えを受けました。しかし、12歳で母を、14歳で父を相次いで失うという不幸に見舞われます。その後は家督を継いだ兄・佐二平と共に、地元の私塾「三余塾」で勉学に励みました。

19歳になると勉学のため上京し、スコットランド出身の宣教師ヒュー・ワデルが開く英学塾（ワデル塾）に入りました。ここで後に開拓の同志となる鈴木銃太郎や渡辺勝と知り合います。さらに慶應義塾に進み、時代の先端を行く知識を吸収しました。特に福澤諭吉らの影響を受け、広大な北海道の開拓に深い関心を抱くようになります。しかし、胃病や脚気を患ったため、2年で慶應義塾を中退し、郷里に戻らざるを得ませんでした。

郷里では、明治12年（1879年）に兄・佐二平が提唱した洋学校の設立に尽力します。渡辺勝を教頭として招き、私立豆陽学校として開校したこの学校は、その後郡立中学豆陽学校を経て、現在の静岡県立下田北高等学校へと繋がっています。

同年4月には従妹のリクと結婚し、北海道開拓への決意を固めていきました。

北海道への挑戦と晩成社

明治14年（1881年）、勉三は晩成社の代表発起人として、単身で北海道に渡りました。この時の目的は、開墾地の適地を探すための広範囲な調査でした。函館を皮切りに胆振、根室、釧路、十勝、日高の沿岸部を巡り、苫小牧、札幌を経て帰途につきました。

翌明治15年（1882年）、郷里の静岡で兄の佐二平、依田園（善六）、依田善吾と共に発起人となり、開墾を目的とした組織「晩成社」を設立します。資本金5万円を集め、政府から一万町歩という広大な未開地の無償払い下げを受けて開墾事業に着手する計画でした。勉三は学友の鈴木銃太郎とその父・鈴木親長と共に横浜港から再び北海道へ向かいます。この旅立ちの際に撮影された、貧しさを象徴するような乞食姿の写真は特に有名です。

札幌県庁で開墾許可を得た後、一行は十勝へ向かいました。同年7月16日、十勝国河西郡下帯広村（現在の帯広市）を開墾予定地と定め、鈴木父子を残して勉三は一旦帰国しました。当時の帯広には、アイヌの人々が10戸ほどと、和人がわずか1戸が住んでいるだけでした。郷里では渡辺勝が移民の募集を進めました。

帯広での苦難と事業の展開

明治16年（1883年）4月、13戸27名からなる移民団と共に横浜を出港し、函館を経由して一ヶ月後の5月14日、ようやく帯広の開墾予定地に到着しました。

しかし、開拓の道は想像を絶する苦難に満ちていました。帯広に到着した一行を、まず鹿狩りの火が燃え広がる野火が襲い、さらにイナゴの大群が発生して作物を食い荒らしました。食糧確保のため粟を植え付けましたが、不順な天候に加え、ウサギやネズミ、鳥による食害で、収穫はほとんど得られませんでした。明治17年（1884年）も悪天候が続き、開墾は遅々として進まず、開拓団の間には深い絶望感が漂いました。食糧不足を打開するため、勉三は当縁郡当縁村生花苗（現在の広尾郡大樹町）に主畜農業の経営を試みます。

明治18年（1885年）には農耕馬を導入し、羊や豚を飼育してハム製造を目指すなど、多角的な経営を模索しました。馬鈴薯澱粉の研究や、農耕機械化の試みも行いましたが、これらの事業はなかなか軌道に乗らず、厳しい生活に耐えきれない移民は次々と去り、当初の開拓団はわずか3戸にまで減少してしまいました。

晩成社設立当初、15年で一万町歩を開墾するという壮大な目標を掲げていましたが、現実には10年を費やしてわずか30町歩を開墾するのが精一杯という状況でした。しかし、明治25年（1892年）頃になると、ようやく状況が好転し始め、食糧も安定し、小豆や大豆の収穫の見通しが立つようになりました。同年11月、兄の佐二平と共に叙勲を受けたことが契機となり、勉三は晩成社の事業拡大に乗り出します。

会社組織を合資会社に改め、函館に牛肉販売店、当別村に畜産会社を設立。帯広には木工場を設け、然別村（現在の音更町）には牧場を開くなど、事業の多角化を進めました。明治30年（1897年）には、社有地の一部を宅地として開放したことで、多くの新たな移民が十勝に移住するきっかけとなりました。明治35年（1902年）にはバター工場を創業するなど、缶詰や練乳工場といった食品加工業も手がけました。勉三と晩成社が手掛けたこれらの事業は、現在の十勝・帯広地域の主要産業の礎となりましたが、晩成社自身の経営は最後まで厳しい状態が続きました。

大正5年（1916年）、晩成社は売買（現在の帯広市南東部）などにあった農場を売却するなど、事業活動を事実上休止せざるを得なくなりました。

晩年と後世への影響

大正14年（1925年）、勉三は中風症に倒れました。懸命な看病を続けていた妻のリクも同年9月に亡くなり、そして同年12月12日、勉三は帯広の自宅でその生涯を閉じました。享年73歳でした。彼の死後、昭和7年（1932年）に晩成合資会社は解散します。しかし、彼の尽力した帯広は、翌昭和8年（1933年）に北海道で7番目の市として市制を施行しました。勉三は亡くなる直前、「晩成社には何も残らん。しかし、十勝野には…」と、自身の事業の苦労と十勝の未来に思いを馳せる言葉を残したと伝えられています。

勉三の功績を称え、昭和16年（1941年）には帯広神社前に銅像が建立されましたが、戦時中に供出され、昭和26年（1951年）に再建されました。昭和29年（1954年）には北海道開拓神社に合祀されています。また、帯広の製菓メーカー六花亭が製造する「マルセイバターサンド」は、晩成社の開拓精神に由来する名前が付けられています。

故郷である松崎町では、昭和60年（1985年）から、勉三、土屋三余、兄の佐二平の三人の偉業を称える「中川三聖まつり」が長年開催されていました。また、大樹町には明治期に勉三が暮らした住居が復元され、「依田勉三翁住居」として町の史跡となっています。

平成14年（2002年）には、帯広開基120周年を記念して彼の生涯を描いた映画『新しい風 若き日の依田勉三』が製作され、国際的な映画祭でも評価されました。近年では、十勝出身の漫画家・荒川弘氏の作品『百姓貴族』を原作とするテレビアニメでも、十勝開拓史の一環として紹介されています。

エピソード

帯広開拓の極初期は、開拓団の生活は極めて貧しく、食事は大変粗末なものでした。ある時、客人がそれを見て豚の餌と見間違えるほどだったといいます。幹事の渡辺勝がその惨めな生活を嘆き、「おちぶれた極度か豚とひとつ鍋」と詠んだのに対し、勉三は泰然自若として「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」と詠み返したと伝えられています。このエピソードは、現在の帯広を代表する製菓会社である六花亭が、鍋の形をした最中「ひとつ鍋」として商品化するなど、今も語り継がれています。

近年では、晩成社設立に関わった依田園（依田善六）の肖像写真が発見されるなど、新たな資料の発見も続いています。

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