内閣大学士

内閣大学士とは

内閣大学士（ないかくだいがくし）は、中国の明朝および清朝に存在した官職です。殿閣大学士とも呼ばれ、任官者は「中堂」という尊称で呼ばれていました。この官職は、現在の日本や中華圏における内閣制度の名称の由来となっています。

明朝における内閣大学士

明朝では、1380年に左丞相の胡惟庸が失脚したことをきっかけに、宰相の役所であった中書省が廃止されました。皇帝の親政を望んだ洪武帝は、中書省の代わりに殿閣大学士を皇帝の秘書役として、文華殿大学士を皇太子の教育係として設置しました。さらに、華蓋殿、武英殿、文淵閣、東閣にも大学士が置かれました。当初、大学士は単なる相談役であり、権限はあまりなく、官位も正五品と中堅官僚と同程度でした。

しかし、永楽帝が内閣を創設し、翰林院出身者から大学士を選抜して入閣させるようになると、その地位は徐々に変化しました。当初はまだ相談役程度の役割でしたが、洪熙帝の時代には内閣大学士と尚書（大臣）が兼任されるようになり、公式な場での発言権を持つようになりました。

宣徳帝の時代には、内閣大学士は「票擬」を行うようになりました。票擬とは、皇帝がすべての上奏文に対応できないため、重要度の低い案件を内閣が検討し、皇帝の返答の草稿を作成する制度です。本来は皇帝がその草稿を修正するはずでしたが、多くの場合、草稿がそのまま勅令となり、実質的に内閣が皇帝の権限の一部を代行するようになりました。特に、万暦帝のように政治を顧みない皇帝の時代には、内閣がほとんど皇帝に代わって政治を行っていました。この頃から、内閣の筆頭閣臣である首輔は丞相になぞらえられるようになり、六部の上に立って国政を運営する、古代の丞相に匹敵する権限を持つようになりました。

しかし、洪武帝の祖法によって、丞相またはそれに準じる役職を設置することは事実上タブーとされていたため、内閣大学士が国政を主導する法的根拠を確立することはできませんでした。内閣大学士の任免は皇帝の個人的な意向によるところが大きく、皇帝の信頼を失えばすぐに辞職を余儀なくされるなど、政治的立場は必ずしも強くありませんでした。むしろ、その政治的立場は、宦官や皇帝の側近に近いものとならざるを得ませんでした。そのため、宦官などによる讒言で解任されたり処罰されたりする者や、それを恐れてひたすら皇帝の意向に追従する者もいました。

清朝における内閣大学士

清朝も明朝の制度を受け継ぎ、制度もほぼ明朝のものを踏襲していました。しかし、清朝初期には議政王大臣の会議が政治の実権を握っていたため、当初の内閣は単なる伝達機関に過ぎませんでした。その後、明朝のように政治の中枢としての機能を持つようになりましたが、雍正帝が軍機処を設立すると、皇帝の実権が強化され、諮問機関と位置づけられた軍機処が政治における中心的な機関となりました。それに伴い、内閣大学士は軍機処の最高責任者である軍機大臣を兼任することが多くなりました。

制度上は、内閣が官制の頂点とされたため、上奏文の名義や詔書の公布などは（実質的に軍機処が決定しますが）内閣が行うようになりました。

清朝の主要官制

清朝の内閣大学士に関連する主要な官制は以下の通りです。

大学士（ᠠᠯᡳ᠍ᡥᠠᠪᡳ᠍ᡨ᠌ᡥᡝᡳᡩᠠ, aliha bithei da）：満洲人と漢人それぞれ定員2名。正一品。
協辦大学士（ᠠᡳ᠌ᠰᡳ᠍ᠯᠠᠮᡝᡳᠴᡳ᠍ᡥᡳᠶᠠᡵᠠᠠᠯᡳ᠍ᡥᠠᠪᡳ᠍ᡨ᠌ᡥᡝᡳᡩᠠ, aisilame icihiyara aliha bithei da）：満洲人と漢人それぞれ定員1名。従一品。
学士（ᠠᠰᡥᠠᠨ ᡳᠪᡳ᠍ᡨ᠌ᡥᡝᡳᡩᠠ, ashan i bithei da）：満洲人6名、漢人4名。従二品。
侍読学士（ᠠᡩ᠋ᠠᡥᠠᡥᡡᠯᠠᡵᠠᠪᡳ᠍ᡨ᠌ᡥᡝᡳᡩᠠ, adaha hūlara bithei da）：満洲人4名、蒙古人と漢人それぞれ定員2名。従四品。
侍読（ᠠᡩ᠋ᠠᡥᠠᡥᡡᠯᠠᡵᠠᡥᠠᡶᠠᠨ, adaha hūlara hafan）：満洲人10名、蒙古人・漢軍八旗・漢人それぞれ定員2名。正六品。
典籍（ᡩᠠᡢᠰᡝᠪᠠᡵᡤᡳᠶᠠᡵᠠᡥᠠᡶᠠᠨ, dangse bargiyara hafan）：満洲人・漢人・漢軍八旗それぞれ定員2名。正七品。
中書（ᡩᠣᡵᡤᡳᠪᡳ᠍ᡨ᠌ᡥᡝᠰᡳ, dorgi bithesi）：満洲人70名、蒙古人16名、漢軍八旗8名、漢人30名。正七品。
貼写中書：満洲人40名、蒙古人6名。

明朝の内閣首輔

明朝の内閣首輔（大学士の筆頭）の一覧は、以下をご覧ください。
明朝の歴代内閣首輔一覧

まとめ

内閣大学士は、明朝と清朝において重要な役割を果たした官職であり、その制度は後世の内閣制度に大きな影響を与えました。時代とともにその役割は変化し、時には皇帝の代理として政治を主導するほどの権限を持つこともありましたが、常に皇帝の信任がその地位を左右するという不安定な側面も持ち合わせていました。

もう一度検索