出雲振根

出雲振根（いずものふるね）

出雲振根（いずものふるね、生没年不詳）は、『日本書紀』にその名が記される古代出雲の豪族です。『古事記』には記述がなく、その実像は謎に包まれています。しかし、神宝を巡る兄弟間の争いの物語は、当時の出雲地方の勢力関係を色濃く反映していると考えられています。

神宝を巡る兄弟の確執

物語は、崇神天皇の時代に遡ります。天皇は、武日照命（たけひなてるのみこと）が天からもたらしたという神宝が出雲大神の宮に収められていることを知り、家臣の武諸隅（たけもろすみ）を使者として派遣し、神宝を献上させようとしました。

当時、神宝を管理していたのは出雲臣の祖である出雲振根でしたが、彼は筑紫国へ出かけており不在でした。そこで、弟の飯入根（いいいりね）が独断で皇命を受け、神宝を献上してしまいます。帰国後、このことを知った振根は激怒し、弟を激しく責めました。「なぜ数日待たなかったのか」と。

この一件を深く恨んだ振根は、弟を殺害することを計画します。彼は飯入根を「止屋（やむや）の淵にあさざが生い茂っているので、一緒に行ってみてほしい」と誘い出します。淵のほとりで、振根は弟に「淵の水が清いので、一緒に水浴びをしないか」と提案し、弟が水に入っている隙に、彼の刀を木刀とすり替えます。水から上がった飯入根は、刀が偽物であることに気づき愕然としますが、もはや手遅れでした。振根は、無抵抗の弟を斬り殺してしまったのです。

この事件は朝廷に報告され、振根は天皇の命を受けた将軍、吉備津彦（きびつひこ）と武渟川別（たけぬなかわけ）によって討伐されました。

出雲大神と勢力争い

出雲振根の物語は、景行天皇の時代の倭建命（ヤマトタケル）による出雲建（いずもたける）討伐の伝承と酷似しており、伝承の混同が指摘されています。また、神宝献上の記事に登場する「出雲大神」が、現在の杵築大社（出雲大社）であるとする説が有力ですが、出雲臣が拠点としていた意宇郡の熊野大社である可能性も指摘されています。

井上光貞をはじめとする研究者は、この物語や考古学的な成果から、熊野大社を奉斎する出雲東部の勢力と、杵築大社を奉斎する出雲西部の勢力の対立があったと推測しています。出雲振根の事件は、こうした古代出雲の内部における勢力争いの一環として捉えることができるかもしれません。

その後

振根の死後、出雲臣はしばらく出雲大神を祀ることをやめていましたが、丹波国の氷香戸辺（ひかとべ）という女性が、皇太子に歌を献上したことをきっかけに、再び鏡を祀るようになったと伝えられています。

出雲振根の生涯は謎に包まれていますが、彼の名は、古代出雲の歴史を語る上で欠かすことのできない人物として、記憶されています。

参考文献

『コンサイス日本人名辞典 改訂新版』p105（三省堂、1993年）
『古事記』完訳日本の古典1、小学館、1983年
『日本書紀』（一）、岩波文庫、1994年
『日本書紀』全現代語訳（上）、講談社学術文庫、宇治谷孟：訳、1988年
* 『日本の歴史1　神話から歴史へ』、井上光貞：著、中央公論社、1965年

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