前嶋信次

前嶋信次：日本のイスラム学研究の礎を築いた学者

前嶋信次（1903-1983）は、日本のイスラム学、東洋史、東洋学における第一人者として知られる慶應義塾大学名誉教授です。山梨県に生まれた前嶋は、東京帝国大学文学部東洋史学科を卒業後、イスラム史研究に人生を捧げました。当時の日本では稀有なイスラム史研究の道を歩み、アラビア語文献を駆使した独自の研究で大きな功績を残しました。

学問への道：研究者としての歩み

台北帝国大学助手や中学校教諭を経て、前嶋は南満州鉄道（満鉄）東亜経済調査局に勤務します。この経験は、膨大なイスラム文献に触れる絶好の機会となり、彼の研究を大きく前進させました。戦後、慶應義塾大学で学位論文『東西交渉史上におけるイスラム教徒勢力の消長に関する研究』を提出し、文学博士号を取得。1954年には慶應義塾大学文学部専任講師となり、1956年には教授に昇格しました。1971年に同大学を定年退職するまで、後進の育成にも尽力し、多くの弟子を育てました。家島彦一、三木亘、坂本勉といった著名な学者もその中に含まれます。

研究内容と業績：イスラム文化への貢献

前嶋の研究は、イスラム学、西アジア史、東西交渉史に広がり、アラビア語文献に基づいた実証的な研究が特徴です。シルクロード研究にも造詣が深く、多くの論文や著書を発表しました。学術的な著作だけでなく、一般向けにイスラム文化やアラブ文化を紹介する啓蒙書も数多く執筆し、日本におけるイスラム研究の普及に貢献しました。特に、アラビア語原典からの翻訳である『アラビアン・ナイト』は彼の代表作として知られています。その翻訳は、日本におけるアラビアン・ナイト研究の礎を築いたとも言えるでしょう。

学界への貢献：組織運営と人脈

前嶋は、日本イスラム協会や日本オリエント学会の設立・運営にも深く関わり、日本のイスラム学、オリエント学研究の発展に大きく貢献しました。学界においても多くの著名な学者と交流を持ち、井筒俊彦氏、松田壽男氏、足利惇氏、蒲生礼一氏などとの親交は、彼の研究活動に大きな影響を与えたと考えられます。特に、満鉄時代の同僚であった井筒俊彦氏との関係は、学問上の議論を深め、互いに刺激し合った関係であったと考えられます。

主要な著作

前嶋の著作は多岐に渡り、その内容はイスラム文化、歴史、東西交渉史に及びます。代表的な著作として、『玄奘三蔵 史実西遊記』、『サラセン文化』、『アラビア史』、『イスラムの文化圏』などがあります。これらは、今日でもイスラム研究の重要な参考文献として高く評価されています。また、自らの学問的遍歴を記した『アラビア学への途 わが人生のシルクロード』は、研究者としての彼の軌跡を知る上で貴重な資料となっています。さらに、イブン・バットゥータの『三大陸周遊記』の翻訳も手掛けており、日本のイスラム研究において重要な役割を果たしました。

まとめ：イスラム学研究におけるレガシー

前嶋信次は、戦前から戦後にかけて、日本のイスラム学研究に大きな足跡を残しました。その功績は、アラビア語文献に基づく緻密な研究、一般向けの啓蒙書によるイスラム文化の普及、そして学界における組織運営や人材育成など多方面にわたります。彼の研究は、今日においても日本のイスラム学研究に大きな影響を与え続けており、日本のイスラム学研究の父ともいえる存在です。その功績は、後世の研究者たちによって長く記憶され、継承されていくことでしょう。

もう一度検索