北アメリカの毛皮交易

北アメリカの毛皮交易の歴史

北アメリカ大陸における毛皮交易は、単に毛皮の獲得と交換に留まらず、広範な産業活動、そして大陸の歴史を形成する上で極めて重要な要素でした。

ヨーロッパ人が到来する以前から、この地にはインディアン諸部族間での毛皮の交換が行われていましたが、16世紀以降、フランス、イングランド（後のイギリス）、オランダといったヨーロッパ列強が植民地化を進める中で、毛皮交易は新たな局面を迎えます。彼らは北アメリカの豊富な毛皮資源に着目し、その交易ネットワークをヨーロッパ大陸へと拡大させていきました。

特にフランスは16世紀にいち早く交易を開始し、続いて17世紀にはイングランドが現在のカナダにハドソン湾会社を設立、同時期にオランダもニューネーデルラント会社を立ち上げました。この競争の時代を経て、北アメリカの毛皮交易は19世紀に経済的な頂点を迎えることになります。その発展には、広大な大陸に張り巡らされた交易網と、それを支える会社の組織的な活動が不可欠でした。

毛皮交易は、北アメリカにおいて最も収益性の高い主要産業の一つとなり、その利権を巡ってフランス、イギリス、オランダ、スペイン、ロシアなどのヨーロッパ勢力間で激しい競争が繰り広げられました。初期のアメリカ合衆国にとっても、毛皮交易は重要な資本形成の手段であり、経済的な自立を促す要因の一つとなりました。

この交易は、多くのインディアン諸部族にとって主要な収入源となりました。しかし、1800年代半ばになると、ヨーロッパでのファッションの流行が変化し、毛皮の需要が激減したことで価格が大暴落します。これにより、アメリカ毛皮会社をはじめとする多くの交易会社が倒産に追い込まれました。交易に依存していた多くのインディアンたちは長期にわたる経済的な困窮に陥り、その結果として、彼らが保持していた政治的な影響力の多くを失うことになったのです。

交易の始まりと初期の発展

フランス人探検家ジャック・カルティエは、1530年代から1540年代にかけてセントローレンス湾を探検し、初期のヨーロッパ移民とインディアンとの交易の礎を築きました。当初、カルティエは毛皮を衣類の装飾品程度に考えており、後のビーバー毛皮が交易の中心となることを予見していませんでした。

1580年代までは、毛皮は主にタラ漁業の副産物として扱われていました。大西洋でのタラ漁では、獲れたタラを浜辺で乾燥させる「ドライ漁業」が行われており、この際にインディアンと交流する機会が生まれ、毛皮が交換されていました。特にビーバーのなめし皮で作られた衣服「キャストル・グラ」は、ヨーロッパの帽子職人の間で珍重され、これが世界的な輸出商品へと発展していきます。

1590年代に入ると、毛皮交易はそれ自体が植民地拡大の大きな動機となりました。1603年にフランスがヌーベルフランスを設立し、百人会社などの独占貿易会社がビーバー毛皮の輸出を担うようになります。

ヌーベルフランスと英仏の抗争

フランスの毛皮交易の拠点は、アカディアでのイングランドとの衝突を経てケベックに移されました。サミュエル・ド・シャンプランは、フランスの利益拡大のためインディアン部族との同盟を重視し、アルゴンキン族、イニュ族、ヒューロン族などと協定を結び、交易網を拡大しました。彼は、ライバルであったイロコイ連邦とは対立する姿勢を取りました。交易の拡大に伴い、カヌーの使用や生活技術など、インディアンから多くの知識が伝えられました。インディアン社会で生活し、交易を担ったフランスの若者たちは「クーリュール・デ・ボワ（森を駆ける者）」と呼ばれ、無許可の交易人としても活動しました。

フランスは交易の統制を図るため寡占化を進めましたが、莫大な富は無許可交易を誘発しました。自営のクーリュール・デ・ボワや、フランス人罠猟師とインディアン女性の混血であるメティの人々が台頭し、広範な交易活動を展開しました。彼らの活動は、通貨の普及とともに公式な交易組織を凌ぐ収益を上げることがありました。

英仏間の競争も激化しました。特にピエール＝エスプリ・ラディソンとメダール・S・デ・グロセリエの義兄弟が、フランスでの不遇からイングランドにハドソン湾の毛皮資源に関する情報を提供したことは、ハドソン湾会社の設立（1670年）につながり、ハドソン湾を巡る英仏間の抗争を引き起こしました。フランスは五大湖やミシシッピ川流域への探検と拡大を進め、砦を建設して領有権を主張しました。

インディアン社会への影響

毛皮交易は、インディアン社会に大きな変化をもたらしました。鉄製の斧、真鍮の鍋、布地、銃器といったヨーロッパ製品との交換は、一時的に彼らの生活水準を向上させました。しかし、過剰な狩猟によりビーバーなどの毛皮獣が激減すると、獲物を巡る抗争が激化しました。特に、カナダ楯状地へのアクセスを巡るイロコイ連邦とヒューロン族の対立は深刻化し、武力衝突へと発展しました。銃器の導入は戦闘の犠牲者を増やし、「嘆きの戦い（モーニング・ウォー）」と呼ばれる連鎖的な暴力の応酬を引き起こしました。

さらに、ヨーロッパ人が持ち込んだ新たな伝染病は、インディアン人口を激減させ、多くの共同体を崩壊させました。戦闘と疫病の複合的な要因により、1650年頃までにヒューロン族は壊滅的な状況に追い込まれました。

交易網の進化とメティの人々

イロコイ戦争などで居住地を追われたインディアン部族は西方や北部へ移動し、交易網もそれに合わせて再構築されました。初期のクーリュール・デ・ボワに代わり、より組織化された「ヴォワヤジュール」と呼ばれる許可証を持つ交易者たちが、モントリオールの商人から資金や物資の提供を受け、カヌーで広大な水路を旅して交易を行うようになりました。この事業は多額の初期投資が必要であり、収益を得るまでに長い時間を要したため、少数の富裕な商人による寡占化が進みました。

フランス人男性とインディアン女性の間には多くの子供が生まれ、メティという新たな民族集団が形成されました。彼らは交易において重要な役割を担い、ハドソン湾会社からの待遇への不満からアメリカの毛皮会社と取引を行うこともありました。また、メティはバファローハントを組織的に行い、その毛皮などを販売しましたが、スー族とのバファローを巡る対立なども生じました。アメリカ合衆国が西部へ拡大するにつれ、経済の中心は毛皮交易から農業へと移行していきました。

衰退と現代への遺産

19世紀初頭の最盛期を過ぎると、毛皮交易はヨーロッパでの需要減少とともに衰退していきました。これにより交易に依存していたインディアンやメティの人々は困窮し、その後の歴史に大きな影を落としました。

毛皮交易は、その歴史や交易に関わった人々の物語を通じて、多くの文学作品や映画などの大衆文化に影響を与えてきました。特にインディアン女性が交易において果たした重要な役割は、近年の研究で改めて注目されています。毛皮はカナダの象徴とも見なされており、アザラシ猟などを巡る議論は現代にも続いています。

2008年の世界的な金融危機は、高価な毛皮製品の販売が落ち込んだことにより、毛皮業界、特に罠猟師に大きな打撃を与えました。

北アメリカの毛皮交易に関わった主要な会社としては、ニューネーデルラント会社、ハドソン湾会社、北西会社、アメリカ毛皮会社、露米会社などが挙げられます。

この交易の歴史は、ヨーロッパの植民地拡大、先住民社会の変容、そして現代のカナダやアメリカ合衆国の形成に深く関わる複雑な物語を私たちに伝えています。

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