北尾政美

北尾政美（鍬形蕙斎）：江戸中期の浮世絵師、その生涯と作品

北尾政美（きたおまさよし、1764-1824）は、江戸時代中期を代表する浮世絵師です。鍬形蕙斎（くわがたけいさい）という名でも広く知られています。畳職人を父に持ち、若い頃は「畳屋の三公」と呼ばれていたという逸話も残されています。13歳で北尾重政に入門し、安永年間には黄表紙や咄本の挿絵制作で頭角を現しました。

北尾政美時代：黄表紙挿絵から多様な表現へ

北尾政美は、安永7年（1778年）にわずか15歳で挿絵師としてのキャリアをスタートさせます。その後、安永9年（1780年）には師である北尾重政から「政美」の画名を許され、武者絵、浮世絵、花鳥画など、幅広いジャンルを手掛けました。特に黄表紙の挿絵においては、生涯で168種もの作品に関与したとされ、その才能は高く評価されています。

しかしながら、当時の他の浮世絵師と比較すると、錦絵や肉筆画の数は少なく、彼の活動は多岐に渡るものの、必ずしも大量生産型ではなかったことが伺えます。黄表紙挿絵という大衆的な分野で活躍しながらも、独自の芸術性を追求していたと考えられます。

鍬形蕙斎時代：御用絵師としての重責と画風変遷

寛政6年（1794年）、31歳の時、北尾政美は津山藩の御用絵師に抜擢されます。この時、剃髪し、「鍬形蕙斎紹真」と名乗るようになりました。この抜擢には、森島中良という人物との親交が影響した可能性が示唆されています。

御用絵師となった彼は、黄表紙の挿絵制作からは身を退き、肉筆浮世絵に専念するようになりました。同時に、絵の手本となる『略画式』を始めとする画譜を刊行し、後進の育成にも尽力しました。この『略画式』は、簡潔で写実的な画法を示し、後の浮世絵界に大きな影響を与えました。

また、京都の岸派の絵師・横山華山の影響を受け、俯瞰的な視点を取り入れた名所絵「江戸一目図」や「日本一目図」といった作品も制作しました。これらの作品は、斬新な構図と精密な描写で高い評価を受けました。

さらに、江戸幕府奥絵師の狩野惟信に師事するなど、研鑽を続け、狩野派の画風を取り入れながら、独自の画風を確立していきました。文化年間には、松平定信の依頼で「近世職人尽絵詞」、「東都繁盛図巻」、「黒髪山縁起絵詞」、「吉原十二時絵詞」など、大規模な作品を手掛けました。これらの作品は、当時の江戸の文化や風俗を克明に描き出した貴重な資料となっています。

葛飾北斎との関係と画風の評価

北尾政美の画風は、狩野派のみならず、大和絵や琳派など、多様な画法を習得した上で、軽妙洒脱な略画風を特徴としていました。その『略画式』や鳥瞰図は、葛飾北斎の「北斎漫画」や名所絵にも影響を与えたとされています。しかし、北斎が自身の作品に政美の画風を取り入れたことに対し、政美は快く思っていなかったという記録も残されています。

『増補浮世絵類考』では、「政美は近世の上手なり」と高い評価を与えられており、その画技は同時代の浮世絵師の中でも高く評価されていました。

代表作

北尾政美（鍬形蕙斎）の作品は多岐に渡り、その中には数多くの傑作が含まれています。主な作品として、以下が挙げられます。

北尾政美時代:

「柳下茶店」
「浮絵仮名手本忠臣蔵」
「浅草寺の図」
「桜下美人図」
「芸妓図」
『絵本吾嬬鏡』
『絵本都の錦』
『龍の宮津子』
『鸚鵡返文武二道』
『心学早染草』
『海舶来禽図彙』


鍬形蕙斎時代:

「東都繁盛図巻」
「近世職人尽絵詞」
「江戸一目図屏風」
「飛鳥山図」
「黒髪山縁起絵巻」
「徒然草屏風」
「桜花遊宴図」
「隅田川図屏風」
「桜下美人図」
「つくばね図」
「江戸一目図」
『略画式』
『山水略画式』
* 『今様職人尽歌合』

まとめ

北尾政美（鍬形蕙斎）は、黄表紙挿絵から始まり、御用絵師としての大規模な作品制作、そして独自の画風確立まで、多様な活動を通して江戸時代の浮世絵界に大きな足跡を残しました。その作品は、技術の高さだけでなく、ユーモアや洒落の効いた表現も特徴であり、現代においても高い評価を得ています。彼の生涯と作品は、江戸時代の文化や社会を知る上で貴重な資料となっています。

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