北山抄

『北山抄』（ほくざんしょう）は、平安時代中期に成立した、藤原公任（ふじわらのきんとう）によって編纂された全10巻からなる私撰の儀式書です。別名として『北山納言記』、『四条大納言記』、『四条記』とも呼ばれます。

成立の背景

書名の由来は、編纂者である藤原公任が晩年に京都の北山に隠棲したことにあります。各巻の成立事情は異なり、例えば巻4と巻5は藤原道長（ふじわらのみちなが）の求めに応じて、巻7は弁官であった息子の藤原定頼（ふじわらのさだより）のために、巻8と巻9は近衛大将であった娘婿の藤原教通（ふじわらののりみち、道長の子）のために著されたと伝えられています。一冊の書物として完成したのは、長和（ちょうわ）から治安（じあん）年間（1012年 - 1023年）頃と推定されています。

内容の特徴

『北山抄』は、藤原実頼（ふじわらのさねより）（『清慎公記』）、藤原頼忠（ふじわらのよりただ）、藤原師輔（ふじわらのもろすけ）（『九暦』）などの日記や記録、源高明（みなもとのたかあきら）の『西宮記』といった先行する著作を参考に、小野宮流と九条流の両方の要素を取り入れて編纂されています。

『西宮記』と同様に、有職故実の先例を記した書として、公家社会では後世まで非常に重視されました。儀式や作法に関する重要な情報が網羅されており、当時の貴族社会における慣習や制度を理解する上で不可欠な資料となっています。

現存する写本

現存する写本としては、京都国立博物館所蔵（三条家旧蔵）の全10巻本と、尊経閣文庫に所蔵されている一群が知られています。

京都国立博物館所蔵のものは、巻10が藤原公任自筆による草稿本であり、紙背文書として長徳2年（996年）から長保6年（1004年）までの文書が含まれています。特に、公任が検非違使別当を務めていた時期の関係文書や、当時としては珍しい仮名消息などが含まれており、本文と同様に貴重な史料となっています。この草稿本作成に伴って現存している一群の公文書は、『三条家本北山抄裏文書』と呼ばれています。

尊経閣文庫には、鎌倉時代までに書写されたとみられる巻子本12巻（巻3が3部、巻5が2部、巻10が欠失）と、戦国時代に三条西公条（さんじょうにしきんえだ）が書写した冊子本5巻が存在します。

京都国立博物館本と尊経閣文庫の巻子本は、国宝に指定されています。

その他の発見

近年、宮内庁書陵部に所蔵されていた旧九条家所蔵文書の中に、巻7の断簡が含まれていることが判明しました。その中には、猿の顔の刻印が押されているものもあり、研究者の間で注目を集めています。

学術的な価値

『北山抄』は、平安時代の儀式や有職故実を研究する上で、非常に重要な一次資料です。公家社会の制度や文化を理解するための貴重な手がかりを提供してくれるだけでなく、当時の貴族の生活や思想を垣間見ることができる資料としても、高い価値を有しています。

現存する写本や断簡から、当時の文化や社会状況を考察する上で、欠かすことのできない文献の一つと言えるでしょう。

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