九暦

九暦（きゅうれき）

『九暦』は、平安時代中期の公卿であり、九条流の祖である右大臣藤原師輔（ふじわらのもろすけ）の日記です。藤原師輔は、父である藤原忠平（ふじわらのただひら）の日記『貞信公記（ていしんこうき）』や、式部卿重明親王（しきぶきょうしげあきらしんのう）の日記『吏部王記（りほうおうき）』などとともに、平安時代中期の政治史を研究する上で欠かせない一級史料とされています。

藤原師輔は九条殿に住んでおり、官位が右大臣であったことから、『九条右大臣記』や『九条記』、『九記』など、様々な名前で呼ばれていました。この日記が『九暦』と呼ばれるようになったのは、彼が住んでいた九条の「九」と、当時の日記が具注暦（ぐちゅうれき）に書かれることが多かったことから、具注暦の「暦」をとって、後世の人が名付けたためです。

現存する『九暦』は、完全な形ではなく、一部が抄録されたもの（『九暦抄』）や、大饗（だいきょう）などの儀式の記録（『九条殿記』）、父・忠平の教命を書き記したもの（『九暦記』）、そして断簡や他の史料に引用された逸文として残っています。

内容構成

九暦抄: 天暦元年（947年）から天徳4年（960年）までの記事の抄録。
九条殿記: 承平2年（932年）から天徳4年までの、大饗や五月節などの儀式に関する記録。
九暦記（貞信公教命）: 承平6年（936年）から天慶9年（946年）までの、父・忠平の教命の筆録。
九暦断簡: 天慶4年（941年）の本記の一部。
逸文: 『西宮記』や『小右記』などに引用された、延長8年（930年）から天徳4年までの記録。



『九暦』の記録期間は、日記全体が残っていないため正確には不明ですが、残存している抄本や逸文などから、師輔が23歳であった延長8年（930年）から、亡くなる年の天徳4年（960年）までの期間であったと考えられています。

特に、『九暦抄』の天徳4年の条には、「御出家」という記述があり、師輔が出家したことが記されています。この記述と他の史料から、師輔が出家したのは天徳4年5月2日で、その2日後の5月4日に亡くなったことがわかっています。つまり、師輔は亡くなる2日前まで、日記を書き続けていたことがわかります。

写本の所蔵

『九暦』の写本は、以下の場所に所蔵されています。

九暦抄: 宮内庁書陵部、国立公文書館内閣文庫、東京大学附属図書館、京都大学附属図書館
九条殿記: 天理図書館（九条元公爵家本、重要文化財）
九暦記（貞信公教命）: 陽明文庫、宮内庁書陵部（鷹司本）
* 九暦断簡: 田中塊堂氏所蔵本（折本第1面）、宮本竹逕氏所蔵本（折本第2面-第5面）

刊本

『九暦』は、活字化されたものが『大日本古記録』や『続々群書類従』（『九暦抄』のみ）に収録されています。また、『九条殿記』は、『天理図書館善本叢書』に影印本が収録されています。

参考文献

倉本, 一宏『平安時代の男の日記』株式会社KADOKAWA〈角川選書〉、2024年7月31日。ISBN 978-4-04-703728-1。


『九暦』は、平安時代中期の政治や文化、そして藤原師輔個人の生活を深く知る上で、非常に重要な史料です。その一部しか残っていないことが惜しまれますが、残された記録から当時の様子を伺い知ることができます。

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