北朝鮮のロシア派兵

2024年10月以降、朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）が朝鮮人民軍をロシア（ウクライナとの戦闘地域）に派遣したとされる出来事。
これは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻において、ロシア側として参戦するためのものであったと見られています。

ロシアのプーチン政権が抱える人的資源不足と、国際社会による対北朝鮮制裁の影響で不足した外貨を獲得したい金正恩政権の思惑が一致した結果と分析されています。

英国放送協会の報道によれば、派遣された部隊の多くは北朝鮮最精鋭の朝鮮人民軍第11軍団（通称「暴風軍団」）の出身であり、敵陣地への潜入、インフラ破壊、暗殺などの訓練を受けているとされます。

日本放送協会（NHK）によると、ロシアは北朝鮮部隊の受け入れを「プロジェクト・ボストーク」（東方計画）と命名しました。

2025年1月には、ウクライナ軍によって実際に北朝鮮軍兵士が捕虜となり、大韓民国国家情報院もこれを事実と確認しました。
しかし、ロシアと北朝鮮は、双方とも派兵の事実を公式には認めていません。

背景

2022年のロシアのウクライナ侵攻において、北朝鮮はロシア側に与する数少ない国の一つとなりました。

2024年6月、ロシア大統領のプーチンが訪朝し、北朝鮮総書記の金正恩との間で首脳会談が行われ、軍事や経済に関する「包括的戦略パートナーシップ条約」が締結されました。

この条約締結の前後から、ロシア連邦軍が北朝鮮製の短距離弾道ミサイル（KN-23）をウクライナに向けて使用するようになり、合わせて朝鮮人民軍の士官や弾道ミサイル関連の軍人がウクライナの最前線であるドネツク州などに配置されたと報じられています。

また、多数の朝鮮人民軍兵士がロシア国内に移動し、ウスリースクやウラン・ウデ郊外の基地に駐留して訓練を重ねていることが伝えられると、韓国当局は派遣規模を暴風軍団（特殊部隊）を含む4旅団約1万2000人と推定しました。

外交筋の情報によると、2024年8月頃に金正恩がプーチンに対し、北朝鮮が最大10万人の兵士を派遣する用意があると提案し、その見返りとして北朝鮮はロシアの最新軍事技術を得たい意向があったと報じられています。

長期化するウクライナ侵攻で、ロシア軍の兵士不足は深刻化しており、ウクライナがロシア西部のクルスク州に侵攻・占領したことで、ロシアはこの占領地域の奪還を目指し、北朝鮮兵士を受け入れたとの見方もあります。

経過

2024年10月8日、韓国国防部長官の金龍顕が国会の国防委員会に出席し、北朝鮮がウクライナに軍を派遣する可能性について「非常に高い」としました。

ウクライナのメディアが4日に北朝鮮将校6人がウクライナ軍のミサイル攻撃で死亡したと報じたことについても「事実である可能性が高い」と述べました。

15日、ウクライナの複数メディアが情報機関関係者からの話として、北朝鮮兵士最大3,000人からなる部隊をロシアが編成したと報じました。
一部メディアは、すでにクルスク州やブリャンスク州で北朝鮮兵士が確認されており、脱走兵もいると伝えました。

18日、韓国国家情報院は、北朝鮮が軍特殊部隊約1,500人を極東ロシアのウラジオストクに移送したことを確認し、北朝鮮が「参戦を開始した」との見解を示しました。
また、北朝鮮兵士は訓練後前線に投入されるとみられ、ロシアの軍服や武器が支給され、同国の少数民族に偽装するためとみられる偽の証明書も発給されたと指摘しました。

同日、ウクライナ文化情報省の戦略コミュニケーション・情報安全保障センターが、北朝鮮兵士がロシア国内の訓練施設で装備品を受け取る様子の動画を公開し、各国にウクライナ支援強化を訴えました。

21日、ロシア大統領府報道官のドミトリー・ペスコフは、北朝鮮兵士派遣についての韓国の発表は「食い違っている情報が多い」と指摘し、詳しい言及を避けました。

一方、韓国外交部の金烘均第1次官は、ソウル駐在のロシア大使を呼び出し、北朝鮮部隊をウクライナに派遣しないよう要求しました。

22日、イギリス国防大臣が、北朝鮮の数百人規模の戦闘部隊がロシアへ移動を始めた可能性が高いと述べ、深刻な状況だと評価しました。

アメリカ大統領補佐官は23日、今月上旬から中旬までに北朝鮮の兵士少なくとも3,000人がロシア東部に移動したと明らかにしました。

韓国国防部は24日、北朝鮮が特殊部隊の兵士などさらに約1万2000人を近くロシアに派遣する見方を示し、「派兵」ではなく「傭兵」という表現が適切だ、と述べました。
この時点で、韓国情報機関はすでに3,000人が派遣されたと分析していました。

同日、ウクライナ国防省がロシア東部で訓練を受けた最初の北朝鮮部隊がクルスク州に到達したと発表しました。

一方、プーチン大統領は同日、BRICS首脳会議の記者会見で、北朝鮮兵士が派遣されたとする衛星画像について質問を受け、「画像があるということは、何かを反映している」と北朝鮮の派兵について否定しませんでした。

北大西洋条約機構（NATO）は28日、北朝鮮の派兵について理事会を開き、韓国政府代表団から最新の状況について説明を受けました。

会の後、事務総長は、クルスク州に北朝鮮部隊が配置されたことを確認し、ウクライナへの支援強化の方針を表明しました。

アメリカ国務省報道官は11月4日、クルスク州に北朝鮮兵士1万人が到着し、「今後数日のうちに戦闘に参加する可能性がある」としました。

対してロシア大統領府報道官は翌5日、「何も言うつもりはない。なぜなら、アメリカの当局者が『最終的な確認はしていない』と言っているからだ」と事実関係の確認を避けました。

2025年 1月31日、ウクライナ軍報道官は、クルスク州の前線で北朝鮮兵を「3週間見ていない」とし、多大な損失を被ったため「撤退」したとの見方を示しました。

分析

派兵規模と派遣された北朝鮮兵士

アメリカは当初3,000人規模とみていましたが、後に1万人に修正しました。

韓国は1万3000人とみています。

派遣された北朝鮮兵士について、ロシア軍がロシアの軍事用語を教えていますが、理解に苦戦し、ロシア兵と北朝鮮兵の間で意思疎通に課題があることが韓国国家情報院によって報告されています。

また、多くは20代前半で、一部は10代だと見られています。

他方で、ウクライナ軍情報局が公開した資料によると、ロシアの軍人が北朝鮮兵士に関して不満を漏らし、暴言を吐いているとの報道もあります。

中央日報は、ロシア軍主力部隊と足並みをそろえてこそ北朝鮮兵士が役に立つが、北朝鮮兵士はロシア語を理解せず、現地戦場にも慣れていないため、ウクライナに反撃する効果的な戦力にはならないと評しました。

2025年1月23日の報道によると、ウクライナ軍は北朝鮮の兵士はロシア兵より優れていると評価しています。

北朝鮮の兵役期間は10年であるため、規律があり、小火器の扱いに熟練しており、歩兵として優れているとされています。

また、ドローンに対する独自の戦術を持っており、兵士1人を囮にしてドローンと7mの距離を保ち、兵士2人が10～12m離れた場所から撃墜する方法を取っています。

このため、ウクライナ軍のドローン操縦者は、兵士1名ではなく小隊を攻撃する戦術に変更しています。

北朝鮮兵は、陣地を取った後にロシア軍の到着を待って撤退します。

クルスク地域では、12月中旬から戦闘に参加しており、1月中旬頃からは戦場にほとんど出ていないとされています。

北朝鮮が戦争に参加していることの証明のため、ウクライナ軍のいくつかの部隊に北朝鮮兵を捕らえる任務が割り当てられました。

しかし、北朝鮮兵は退却できない場合は手榴弾を使って自爆します。

また、ロシア軍と北朝鮮軍は負傷者を処刑しているとされています。

北朝鮮軍兵の詳細

2025年 1月9日、負傷した北朝鮮兵2人がクルスク州でウクライナの捕虜となり、キーウに送られました。

2人のうち1人は、ロシアのトゥバ共和国の身分証明書を所持していました。

2005年生まれで、2021年に北朝鮮の朝鮮人民軍に入隊していました。

もう1人は1999年生まれ、2016年に同軍入隊の前哨狙撃兵で、身分証明書などは携帯していませんでした。

2人とも英語、ロシア語、ウクライナ語での会話ができませんでした。

このうち20歳の捕虜は、尋問を通じて自身の所属を「偵察局第2大隊第1中隊」とし、北朝鮮から船舶でロシアに入り列車で移動しましたが、敵がウクライナだとは知らなかったと述べています。

問題点

戦闘以外の問題点として、派兵開始1か月ですでに18人の兵士が脱走していることが挙げられます。

北朝鮮国内でのプロパガンダの大規模な嘘に兵士たちが気づいたためだと推測されています。

また、ロシア側は北朝鮮兵1人につき月額2,000ドル（約31万円）を支払っていると見られていますが、その大半は金正恩によって横領され、兵士の手元にはほとんど、あるいは全く渡っていないという事実も明らかになっています。

反応

ウクライナと西側諸国

10月29日、ウクライナ大統領と韓国大統領が電話会談を行い、両国間で代表団を派遣しあい、情報を交換するなど連携を強化することで合意しました。

同日、アメリカ大統領は、ロシア派兵について「懸念している」と述べ、ウクライナ軍が北朝鮮部隊を攻撃すべきかという質問に対しては「彼らがウクライナに入った場合はそうだ」と答えました。

ウクライナ大統領は11月7日、NATO事務総長と会談し、その後「ロシア・ウクライナ戦争における北朝鮮の新たな役割に対して、西側諸国はより断固たる対応をする必要がある」と述べました。

NATOの加盟国32カ国は翌8日、共同声明で「欧州・大西洋の安全保障に深刻な影響を及ぼし、インド太平洋地域にも影響を及ぼす」としました。

その他、ウクライナ、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドもこの声明を支持しました。

ウクライナによる投降呼びかけ

ウクライナは10月23日、北朝鮮兵士に投降を促す動画をSNSで公開し、朝鮮語で「他国で無意味に死ぬ必要はない」などと訴えました。

その他国際機関・諸国

11月3日、国際連合事務総長は、報道官を通じた声明で懸念を表明し、派兵が事実であれば「危険な緊張激化だ」と指摘しました。

9日、欧州連合（EU）の外務・安全保障政策上級代表は、訪問先のウクライナで「ロシアと北朝鮮の軍事協力の強化は、この戦争が世界規模に拡大したことを示している」と述べ、北朝鮮への圧力強化を主張しました。

中華人民共和国外交部の報道官は11月1日の記者会見で、「北朝鮮とロシアは独立した主権国家であり、2国間関係をどのように発展させるかは彼ら自身の問題だ」として干渉しない姿勢を示しました。

なお、アメリカは中国に対して、この問題について北朝鮮への影響力を行使すべきとしていました。

北朝鮮の兵器提供

北朝鮮は弾薬や兵員とともに、兵器もロシアに提供していることが報じられています。

包括的戦略パートナーシップ条約締結後の2024年7月30日頃、プルセ（火の鳥）4対戦車ミサイルを搭載した装甲車両をウクライナ軍のドローンが撮影しました。

ドローンの操縦士によると、走行車両はミサイルを6発発射して撤収しました。

12月6日には、ウクライナ陸軍のドローン部隊が、自爆ドローンでプルセ（火の鳥）4対戦車ミサイルの発射車両とみられる装甲車両を撃破したと発表しました。

11月20日、韓国国家情報院は、北朝鮮が170mm自走砲と240mm多連装ロケット砲をロシアに輸出したことを報告しました。

11月14日には写真で、12月には動画で主体砲（M1989「コクサン」）がロシア領内で貨車に積まれて輸送されるのが目撃され、M1989がロシアに輸出されていることが確実になりました。

ロシア陸軍は開戦以来、800門以上の自走砲を失ったとされており、不足する自走砲の補充のために輸出されたとされています。

ロシア陸軍は170mm口径の自走砲を保有しておらず、170mm砲弾の工場は北朝鮮にのみある可能性から、すでに輸出されている122mmや152mmの砲弾と同様に、170mm砲弾も北朝鮮から輸出されているとみられています。

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