危険な思想家

『危険な思想家』は、1965年3月に山田宗睦によって著され、カッパ・ブックスから出版されました。発売から4週間以内に11万部を売り上げ、5月には14万部、年末には20万部を突破するベストセラーとなりました。この書籍は、当時の大学生などの大衆インテリ層の間で、保守派知識人を批判するバイブル的な存在となり、大学祭や学園祭では山田への講演依頼が殺到しました。

本書が書かれた背景には、1960年代の安保闘争後の論壇や社会の保守化に対する、進歩的文化人の焦燥感と危機感がありました。それまで論壇では進歩派が優勢でしたが、本書は進歩派による本格的な保守派知識人批判の嚆矢となり、その内容以上に、刊行自体が大きな出来事とされました。戦後の論壇・社会におけるエポックメイキングな出来事として、呉智英と坪内祐三によって、戦後の論壇を代表する50冊の1冊に選定されています。

当初、批判の対象となる予定だったのは林健太郎と福田恆存でしたが、最終的には江藤淳と高坂正堯に変更されました。その他、「告発」された人物としては、竹山道雄（ドイツ文学）、天野貞祐（哲学）などの「心」グループ、林房雄（作家）、三島由紀夫（作家）、石原慎太郎（作家）、山岡荘八（作家）、大熊信行（経済学）などが挙げられます。

本書には、長洲一二、久野収、鶴見俊輔、日高六郎、家永三郎といった著名人が推薦文を寄せており、長洲は「私も微力ながら、彼の戦列にはせ参じたい」と述べ、久野は「ここには彼の血がほとばしっている」と評しています。また、鶴見は「この本はあくまで今の時代に肉薄し、重大な警告を発している」と、日高は「この本は成功した第一号だ」と、家永は「熱情をかたむけたこの告発に声援を送る」と推薦文を寄せています。これらの推薦文は、林房雄によってそれぞれ「興奮している」、「外科医的讃辞を書いている」、「警告している」、「人工衛星的ほめ方」、「応援団長を買って出ている」と評されています。

批判された江藤淳は、「思想はもともと危険なものであり、安全な思想家とはどういう存在だ」と反論し、林房雄は「いかにもジャーナリストらしい文章で中傷記事をならべただけのつまらない本」と酷評しました。また、吉本隆明は、山田宗睦が自分たちのネットワークを壊し孤立させようとしている学者を告発しているにすぎないと批判しています。さらに、竹内洋は、本書を「斬る」「賭ける」「告発する」という扇動的な文体、「維新100年が勝つか、戦後20年が勝つか」という単純な二項対立図式、文学に対する粗笨な論評など、スキャンダルジャーナリズムと酷評し、右派左派双方から批判されたと論評しています。山田自身も後に、本書の単純さを認め、「今から思えば『危険な思想家』など先が見えぬまま書いた恥ずかしい本でしてね」と述懐しています。

『危険な思想家』は、その刊行が社会に大きな波紋を広げ、論壇における重要な転換点となりました。しかし、その扇動的な文体や単純な二項対立の構図は、多くの批判を招き、著者の山田自身も後にその内容を反省しています。

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