厨川柵

厨川柵：前九年の役を舞台にした安倍氏の要塞

岩手県盛岡市に存在したとされる厨川柵は、平安時代の奥羽地方における重要な城柵です。安倍氏という豪族の勢力範囲の北限に位置し、衣川柵、嫗戸柵と共に重要な拠点として機能していました。中世から近世にかけては栗谷川、栗屋河といった表記も見られます。

定説と謎：厨川柵の所在地

厨川柵の正確な所在地は、現在もなお議論が続いています。盛岡市天昌寺町付近にあったと推測されていますが、その範囲は広く、確実な遺構は発見されていません。かつては、天昌寺台地とその周辺の里館遺跡（権現坂遺跡）が厨川柵の中核部であると考えられていました。里館遺跡から北東約800メートルにある安倍館遺跡は、嫗戸柵と関連づけられていました。

しかし、1981年以降の発掘調査では、里館遺跡と安倍館遺跡が安倍氏時代の城柵であるという決定的な証拠は見つかりませんでした。これらの遺跡は、鎌倉時代以降の工藤氏の城館跡である可能性が高いことが明らかになっています。里館遺跡は「厨川館」、安倍館遺跡は16世紀の「厨川城」と推定されています。

近年の研究：土器から探る安倍氏の痕跡

近年の土器・陶器研究の進展により、平安時代の土師器、須恵器、灰釉陶器などの様相が明らかになり、安倍氏や清原氏の時代の遺物が特定できるようになりました。しかし、里館遺跡と安倍館遺跡からは、安倍氏時代（11世紀代）の土器は発見されていません。

一方、盛岡市教育委員会による2018年までの発掘調査では、厨川地域周辺の複数の遺跡（境橋遺跡、稲荷町遺跡、大新町遺跡、大館町遺跡、小屋塚遺跡、宿田遺跡、上堂頭遺跡など）から、10世紀末から11世紀中頃の土師器などの遺物や、竪穴建物、掘立柱建物などの遺構が発見されています。さらに、赤袰遺跡からは同時代の鍛冶遺構や土師器生産遺構も発見されました。これらのことから、盛岡市教育委員会は、これらの遺跡の分布範囲内に厨川柵と嫗戸柵が存在した可能性が高いと結論づけています。

滝沢市大釜地区でも、安倍氏時代の土器が出土する遺跡が発見されている点も注目に値します。

歴史の舞台：前九年の役と厨川柵

厨川柵は、安倍頼時の次男である安倍貞任が拠点としたとされ、安倍貞任は「厨川次郎」を名乗ったと言われています。永承6年（1051年）から康平5年（1062年）にかけての前九年の役では、朝廷軍との最終決戦地となり、安倍氏の勢力はここで滅亡しました。

安倍氏滅亡後、奥六郡は清原氏の所領となり、後に奥州藤原氏の支配下に置かれます。岩手郡は奥州藤原氏の一族である樋爪氏が所管したと考えられています。

文治5年（1189年）、源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼすと、頼朝は戦功のあった工藤行光を岩手郡の地頭に任じました（『吾妻鏡』）。工藤氏は厨川に厨川館を築き、岩手郡を統治し「岩手殿」と呼ばれました。工藤行光は、岩手山を神格化した「岩鷲山大権現」の大宮司にもなり、安倍氏が厨川柵に祀っていた祈願所を継承したと言われています。現在の曹洞宗岩鷲山天昌寺は、この祈願所を起源とする寺院です。

南北朝時代には北朝方につきましたが、三戸南部氏によって地頭職を停止され、近郊10ヵ村を領知するようになります。その後も有力氏族との婚姻を重ね、最終的には南部家の家臣となりました。16世紀には安倍館町に厨川城を築きましたが、天正20年（1592年）の『諸城破却令』によって廃城となりました。安倍館遺跡に見られる濠跡は、この厨川城の遺構だと考えられています。

厨川という地名

「厨川」という地名は、厨川柵の自然要害となった雫石川の古名の一つであると考えられています。雫石川は氾濫が多く、近世には「荒川」とも呼ばれていました。

文学との関わり

『平家物語』などでは、「栗屋河」という表記も用いられています。安倍宗任が都で詠んだ歌は、その教養の高さを示すエピソードとして有名です。盛岡市出身の東京府知事阿部浩は、安倍館付近の別邸を「吾郷楳荘」と名付けました。

厨川に因む名称

現在でも、盛岡市には厨川中学校、厨川小学校、北厨川小学校、盛岡大学附属厨川幼稚園、IGRいわて銀河鉄道厨川駅、厨川八幡宮など、厨川の名を冠した多くの施設があります。

まとめ

厨川柵は、その所在地や具体的な遺構は不明な点も多いものの、前九年の役という歴史的事件と深く関わり、安倍氏、工藤氏、そして南部氏といった歴史上の有力者たちの活動の舞台となった重要な場所であったと言えるでしょう。今後の発掘調査や研究によって、厨川柵の謎がさらに解き明かされることを期待しています。

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