友情のメダル

友情のメダル（ゆうじょうのメダル）とは、1936年にドイツのベルリンで開催されたオリンピックの陸上競技、棒高跳びで生まれた、日本人選手の絆を象徴する特別なメダルです。銀メダルを獲得した西田修平選手と、銅メダルを手にした大江季雄選手が、それぞれのメダルを分割し、半分ずつを交換してひとつに結合させたものです。このエピソードは、スポーツにおける崇高な友情を示す物語として、長年にわたり語り継がれ、特に小学校の国語の教科書や道徳の教材にも取り上げられました。この特別なメダルは、「友情メダル」や「分割メダル」、「友情の分割メダル」、「つぎ合わせたメダル」といった別称でも呼ばれています。

誕生までの経緯

ベルリンオリンピックでの出来事

1936年 8月5日、ベルリンオリンピック陸上競技の棒高跳び決勝は、西田修平、大江季雄の両選手に加え、アメリカのアール・メドウス、ビル・セフトンの計4名によって争われました。競技が進み、唯一4メートル35センチの記録をクリアしたメドウス選手が金メダルを確定させました。残る西田選手と大江選手は、銀と銅、それぞれの順位を決定するための跳躍を行う予定でした。しかし、すでに時刻は午後9時を過ぎており、周囲は暗くなり始めていました。この状況に加え、ドイツ人の審判員から、同じ日本選手同士であることから、これ以上の競技を中止することを提案されました。西田、大江の両選手もこの提案を受け入れ、決定戦は行われませんでした。

西田選手は、記録が同じであれば二人が同順位（2位タイ）になると考えていました。ところが、翌日の表彰式では、4メートル25センチの高さにおいて、西田選手が1回目の試技で成功したのに対し、大江選手は2回目の試技での成功であったという、試技数による違いが順位判定の基準とされ、西田選手が2位、大江選手が3位とされました。

この判定に対し、西田選手は納得していませんでした。本来、試技数を順位決定に用いるルールは、ベルリン大会の次となるオリンピックから適用されるものであり、この大会では同記録の場合、同順位となるべきだったというのがその理由の一つです。さらに、西田選手は前回のロサンゼルスオリンピックで既に銀メダルを獲得しており、今回の大会で銅メダルを得て、次回の大会で金メダルを獲得すれば、金・銀・銅全てのメダルを揃えることができるという個人的な目標も持っていました。これらの事情から、西田選手は表彰台の上で、本来3位である大江選手を2位として扱うよう促し、大江選手が銀メダルを受け取る形となりました。

帰国後のメダル作成

ベルリンから帰国した大江選手は、西田選手の厚意により手にした銀メダルを所持していました。しかしその後、大江選手の兄がベルリン大会組織委員会から送付された賞状を確認した際、正式な順位が西田選手2位、大江選手3位であることを知りました。兄は、正式な順位に基づき、西田選手の銅メダルと大江選手の銀メダルを交換することを西田選手に申し入れました。しかし、両者ともに自身のメダルを譲ろうとしなかったため、最終的には互いのメダルを分け合うという画期的な案が生まれました。西田選手は大江選手と相談し、東京・銀座の松屋百貨店で宝石店を経営していた知人に依頼することにしました。

依頼を受けた宝石商の手により、二つのメダルはそれぞれ半分に慎重に分割されました。そして、西田選手のメダルの半分と大江選手のメダルの半分が組み合わされ、新しい一つのメダルとして接合されたのです。この特別なメダルは、スポーツ関連の展覧会での展示などを経て、翌年の1937年（昭和12年）に完成しました。こうして、二人の選手の深い友情を形にした「友情のメダル」が誕生しました。

その後の展開

二つのメダルを繋ぎ合わせたというこの珍しい逸話は、すぐに新聞によって「美談」として広く紹介されるようになりました。この報道をきっかけに、「友情のメダル」の物語は多くの人々に知られ、語り継がれることとなります。特に、戦後になってから、織田幹雄氏によって執筆された文章が小学校の国語の教科書や道徳教育の副読本に掲載されたことで、このエピソードは国民的な認知度を獲得し、子供たちの教育の場においても友情の大切さを伝える具体的な事例として用いられるようになりました。

第二次世界大戦中、大江選手が戦地で命を落とした後、遺族が秩父宮記念スポーツ博物館へ大江選手所持のメダルを寄贈したことや、1964年（昭和39年）に東京でオリンピックが開催される前に、読売新聞の運動部記者であった川本信正氏が改めてこの「友情のメダル」に関する記事を新聞に掲載したことも、逸話が改めて注目されるきっかけとなりました。

後年の出来事と現在の所蔵

時を経て、2016年（平成28年）12月10日には、西田選手の母校である和歌山県立桐蔭高等学校（旧称：和歌山中学校）と、大江選手の母校である京都府立西舞鶴高等学校（旧称：京都府立舞鶴中学校）の生徒たちが交流する機会が持たれました。この交流では、桐蔭高等学校から記念の盾が、西舞鶴高等学校からは「友情のメダル」のレプリカがそれぞれ贈られ、二校の生徒たちの間でも友情の精神が受け継がれる一幕がありました。

完成した「友情のメダル」は二つ存在します。西田選手が所有していた方のメダルは、現在、早稲田大学大学史資料センターに収蔵されています。一方、大江選手が所有していた方のメダルは、秩父宮記念スポーツ博物館に所蔵されています。

これらのメダルは、その歴史的価値と象徴する友情の精神から、各地で開催される様々な機会に展示されてきました。過去には、1964年の平和相互銀行での「オリンピックメダル展」や、1996年の舞鶴市政記念館での公開（二つ同時に）、1998年の和歌山県那智勝浦町や舞鶴市政記念館（メドウス選手の金メダルも共に）での展示などが知られています。その後も、早稲田大学や慶應義塾大学、各地の博物館などで定期的に展示が行われており、現代においても多くの人々が「友情のメダル」に込められた物語に触れる機会が設けられています。福井県ではレプリカの展示が行われた例もあります。

「友情のメダル」は、単なる競技の成績を示す記念品に留まらず、困難な状況下でも互いを思いやり、尊重し合った二人の選手の深い絆と、スポーツが育む友情の価値を象徴する存在として、日本のスポーツ史において特別な位置を占めています。それは、時代を超えて人々の心に感動を与える美談として、今後も語り継がれていくことでしょう。

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