古川正雄

古川正雄：激動の時代を駆け抜けた教育者

古川正雄（1837年 - 1877年）は、幕末から明治にかけて活躍した教育者です。福澤諭吉の弟子として知られ、慶應義塾の初代塾長を務めた人物であり、日本の近代教育に大きな足跡を残しました。しかし、その生涯は教育者としての活動にとどまらず、軍人、翻訳家、そして社会活動家としての顔も持ち合わせていました。

生い立ちと蘭学との出会い

古川正雄は、現在の広島県に位置する山深い村で、庄屋の三男として生まれました。幼少期には医学を志しましたが、その後、広島で漢学を学びました。19歳で大阪に遊学し、当時、多くの秀才が集まっていた緒方洪庵の適塾に入門。そこで蘭学や兵学を修めました。この時期は「岡本周吉」と名乗っていました。1858年、福澤諭吉が江戸に蘭学塾を開く際、周吉は福澤に同行することを即決しました。武士や医者の子が多い中、農家の三男であった周吉は、身軽に動けたことが理由の一つです。こうして江戸に下った周吉は、福澤が開いた蘭学塾「一小家塾」（後の慶應義塾）の第一期生となり、多くの翻訳書を手がけました。

日本初の統計書翻訳と福澤諭吉の期待

1860年、古川は「岡本博卿」の名で翻訳した「万国政表」は、日本における統計学史上、特筆すべき文献とされています。この本は、オランダ語から翻訳された日本初の本格的な世界統計書でした。福澤諭吉は古川の才能を高く評価し、何とか世に出そうと奔走しました。古川の郷里である藩に、士籍だけでも貸してもらえないかと掛け合いましたが、農家出身という理由で断られてしまいます。その後、江戸の旗本・古川家が婿養子を探しているという話を聞きつけ、古川を推薦。1862年、古川は同家の養子となり、「古川節蔵」と改名しました。

慶應義塾初代塾長と戊辰戦争

1868年、古川は慶應義塾の初代塾長に就任します。しかし、戦いを好まない福澤の制止を振り切り、旧幕府軍の榎本軍に加わります。古川家が徳川家の旗本であったことが理由の一つでした。榎本武揚らと共に函館五稜郭に立て籠もり新政府軍に抵抗。「軍艦高雄」の艦長として宮古湾海戦に参加しますが、暴風雨で機関が損傷、戦況は不利となり降伏、捕えられ、投獄されます。福澤は、投獄された古川を何度も訪ね、面倒を見ました。一時は死罪を宣告されますが、後に釈放され、「古川正雄」と改名し、教育者としての道を歩み始めます。

教育者としての活動とキリスト教への傾倒

釈放後、古川は教育者として精力的に活動します。1870年から1872年にかけて、日本最初の小学校教科書の一つとなる『絵入智慧の環』を発刊。この教科書は、日本初の洋風文典、近代絵本とも言われています。1871年には「ちゑのいとぐち」などを刊行。築地海軍兵学校教官も務めました。また、ウィーン万国博覧会開催に際し、出品目録諸著書編集係として同地へ派遣され、欧州を巡りました。帰国後、キリスト教に傾倒し洗礼を受け、キリスト教の博愛精神から、当時、日本に多かった目の不自由な人の教育施設の必要性を説き、日本初の盲学校設立にも尽力しました。

特別支援教育の先駆けと晩年

1875年、津田仙らと共に楽善舎を組織し、盲聾唖者の教育を発起しました。中村敬宇、岸田吟香、山尾庸三、ヘンリー・フォールズらと共に、日本初の盲学校といわれる東京盲唖学校（現筑波大学附属視覚特別支援学校）の前身である訓盲院を創設。これが日本の特別支援教育の始まりとなりました。また、同年には私学錦裔塾を開き、のち耕教学舎と改称しました。この塾は、現在の青山学院大学の源流の一つとなっています。

1877年、古川正雄は41歳で病没しました。著作には他に『洋行漫筆』などがあります。その生涯は、激動の時代を背景に、教育、軍事、翻訳、社会活動と多岐にわたり、日本の近代化に大きく貢献した人物であると言えるでしょう。

古川正雄は、その複雑な人生と多岐にわたる活動を通じて、日本の近代化に多大な貢献をしました。教育者としては、慶應義塾の基礎を築き、また、特別支援教育の先駆けとしての功績は、今日においても高く評価されています。

もう一度検索