古詩十九首

古詩十九首：時代を超えて響く古代中国の抒情

古詩十九首は、中国南朝梁の昭明太子蕭統が編纂した『文選』に収録された、作者不詳の19首の五言詩です。成立は後漢中期以降と考えられていますが、正確な年代や作者は不明です。しかし、『詩経』『楚辞』と並ぶ古代の重要な詩歌として、後世の文人たちに深く愛されてきました。

成立をめぐる議論

「古詩十九首」という題名は、『文選』編纂時に便宜的に付けられたもので、各詩に固有の題はありません。そのため、各詩の冒頭の一句を詩題とすることが一般的です。成立年代については諸説ありますが、後漢後期とする説が有力です。古くは前漢の枚乗らの作とする説もありましたが、現在では否定されています。

定説では、後漢中期以降の知識階層の人々が、当時の民謡であった楽府を基に創作したと考えられています。楽府古辞と古詩はテーマを共有しますが、古詩は言葉遣いに教養が滲み出ており、歌唱された形跡が見られない点が異なります。

近年では、柳川順子が前漢末期の宮廷文化との関連を指摘する説や、木斎が後漢末の曹植による創作とする説も提唱され、議論を呼んでいます。

作品の特徴と分類

古詩十九首は、全て五言詩で構成されており、短いもので8句、長くても20句程度です。偶数句末に押韻しますが、換韻も許容されます。主題は大きく分けて3つに分類できます。

1. 別離の歌: 夫の旅立ちや離れ離れになった夫婦の悲しみを歌ったもの。「行行重行行」「青青河畔草」「渉江采芙蓉」「冉冉孤生竹」「庭中有奇樹」「迢迢牽牛星」「凜凜歳雲暮」「孟冬寒気至」「客従遠方来」「明月何皎皎」などが該当します。
2. 友情の歌: 友情の途絶を嘆く歌。「明月皎夜光」が代表例です。
3. 人生の無常を嘆く歌: 人生の儚さや死への不安を歌ったもの。「青青陵上柏」「今日良宴会」「西北有高楼」「回車駕言邁」「東城高且長」「駆車上東門」「去者日以疎」「生年不満百」など、最も多くの作品がこのテーマに属します。

時間意識と「推移の悲哀」

古詩十九首は、『詩経』国風篇と同様に個人的な悲哀を歌った短詩ですが、漢代の詩において顕著に見られるのは、時間の推移に対する鋭い感受性です。吉川幸次郎は、人間が時間の上に生きることを意識することで生まれる悲哀の感情、すなわち「推移の悲哀」が十九首に通底すると指摘しました。幸福な状態から不幸への推移という悲観的な感情は、これらの古詩に始まり、魏晋南北朝期を通じて文学の基調となります。

また、これらの詩には、時間とともに朽ちることのない誠実な人間関係への強い希求が繰り返し表現されています。しかし、人生の最後には死という抗うことのできない不幸が待ち構えており、その無常観は世俗的な快楽への没入として昇華されることもあります。

時代背景

このような思潮的傾向は、後漢末期の社会状況と深く結びついています。外戚の専横による政治的混乱、礼教思想に基づく朝廷の保守的な体制に対し、知識人たちは鬱屈とした感情を抱いていました。朝廷に仕える者は、権力者に逆らえば命を落としかねず、「明哲保身」の道を選ぶしかありませんでした。老荘思想が流行し、「隠逸の士」が現れるようになったのもこの頃です。後世の研究者が成立年代を後漢末に比定してきた背景には、こうした社会的背景があります。

後世への影響

古詩十九首は、五言詩の発達に大きく貢献しました。『詩経』を権威とする儒教文学においては、四言詩が正式な文体とされていましたが、古詩十九首の出現によって、五言詩が中国文学の本流となる道が開かれました。明の王世貞は、古詩十九首を「千古五言の祖」と評しています。

後漢末には、曹操らの詩壇が形成され、文人たちが競って詩作に励みましたが、その際に参照されたのは古詩の系列でした。時代の転換期にあって、宮廷文学は新鮮味を失い、新たな抒情の表現手段として五言詩が歓迎されたのです。

高友工によれば、古詩十九首は特定の受け手を対象としない「自省的抒情」の起源と見ることができ、外向きの演芸から内向的な抒情芸術へと意識が移行していく局面を反映しているとされます。

典故・伝説

古詩十九首は、後世の文学作品に大きな影響を与え、多くの典故や伝説を生み出しました。例えば、「去る者は日々に疎し」という諺の由来となった『徒然草』第三十段は、第十四首「去者日以疎」を踏まえています。

また、第十首の「迢迢牽牛星」は、七夕の織姫・彦星伝説の起源の一つとしても知られています。この詩は、遠く離れた牽牛星と織女星の悲恋を描いており、人々の心を捉えました。

古詩十九首は、時代を超えて読み継がれる、中国文学の至宝と言えるでしょう。

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