吉備津彦命

吉備津彦命：古代日本の皇族と吉備の開拓者

吉備津彦命は、古代日本の歴史において重要な役割を果たした皇族です。『日本書紀』や『古事記』といった史書に登場し、第7代孝霊天皇の皇子として知られています。これらの史書では、複数の名前で表記されており、『日本書紀』では「彦五十狭芹彦命」を本名とし「吉備津彦命」を別名としています。一方、『古事記』では「比古伊佐勢理毘古命」を本名、「大吉備津日子命」を別名としています。文献によっては「吉備都彦」という表記も見られます。

系譜と出自

吉備津彦命は、孝霊天皇とその妃である倭国香媛との間に生まれた皇子です。同母兄弟姉妹には、倭迹迹日百襲媛命、倭迹迹稚屋姫命などがおり、『古事記』にはさらに日子刺肩別命の名も記されています。また、異母兄弟には、吉備氏とも関係の深い稚武彦命がいます。吉備津彦命の子に関する記述は『日本書紀』や『古事記』には見当たりません。

四道将軍としての活躍

吉備津彦命は、四道将軍の一人として知られています。四道将軍とは、崇神天皇の時代に国内の平定を目的として、東西南北の四道に派遣された将軍のことです。吉備津彦命は西道、大彦命は北陸道、武渟川別は東海道、丹波道主命は丹波道にそれぞれ派遣されました。『日本書紀』によると、吉備津彦命は派遣の際に発生した武埴安彦命の反乱の鎮圧にも参加しています。その後、四道将軍たちは地方の平定を行い、報告を天皇に提出したとされています。『古事記』では、崇神天皇ではなく孝霊天皇の時代に、弟の稚武彦命と共に派遣され、吉備国の平定に貢献したと記されています。この記述は『日本書紀』と異なっており、吉備津彦命の活動時期や役割について異なる解釈が生まれる要因となっています。

吉備津神社と墓所

吉備津彦命の墓は、岡山県岡山市北区吉備津にある大吉備津彦命墓とされ、宮内庁によって前方後円墳である中山茶臼山古墳として治定されています。この古墳は、吉備の中山の山頂に位置し、墳丘長は108メートルにも及びます。また、吉備の中山の麓には、吉備津神社があります。この神社は、吉備津彦命の霊廟として知られており、国史にもその存在が記されています。『続日本後紀』によると、承和14年（847年）には吉備津彦命神に神階が授けられ、その後、貞観元年（859年）には二品に昇格しています。吉備津神社の社伝には、吉備津彦命が吉備の中山の麓に茅葺宮を建てて住み、281歳で亡くなり山頂に葬られたという記述があります。吉備津神社の存在から、吉備津彦命が古代吉備における重要な役割を担っていたことが窺えます。岡山市には吉備津彦神社が複数存在し、備中国一宮や備前国一宮など、地域を代表する神社として崇敬されています。

後裔と氏族

吉備津彦命の後裔氏族については、『日本書紀』と『古事記』で異なる記述が見られます。『日本書紀』では弟の稚武彦命を吉備臣（吉備氏）の祖としているのに対し、『古事記』では吉備津彦命を吉備上道臣の祖、稚武彦命を吉備下道臣・笠臣の祖としています。『続日本紀』や『新撰姓氏録』にも、吉備津彦命の後裔とされる氏族に関する記述があり、その系譜は複雑で多岐に渡ります。また、『先代旧事本紀』には、吉備津彦命の後裔とされる国造に関する記述も存在します。

温羅伝説と吉備津彦信仰

吉備津神社には、吉備津彦命が温羅という鬼を討伐したという伝説が伝わっています。温羅は鬼ノ城に住んで地域を荒らしていたとされ、吉備津彦命は家来とともに温羅を討伐し、その祟りを鎮めるために温羅の首を神社の釜の下に封じたと言われています。この伝説は、桃太郎のモチーフになったとも考えられています。しかし、温羅は単なる鬼ではなく、製鉄技術をもたらした渡来人であったとする説や、鉄文化を象徴する人物とする説、さらには吉備津神社の本来の祭神であったとする説など、様々な解釈があります。この温羅伝説は、吉備津彦命と吉備地域の信仰、そしてヤマト王権との関係を考える上で重要な要素となっています。吉備津彦命は岡山県のみならず、全国各地の神社で祀られており、その信仰は広く浸透しています。

まとめ

吉備津彦命は、史書に記された記述と、各地に残る伝承を通して、古代日本の歴史と吉備地域の文化を理解する上で欠かせない人物です。四道将軍としての活躍、吉備平定、そして温羅伝説など、数々の事績は吉備津彦命の生涯と、その後の吉備地域社会の形成に多大な影響を与えたと考えられます。彼の生涯と活動は、歴史研究の重要なテーマであり、今後も様々な角度からの研究が期待されます。

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