名古屋軍応援歌

概要と歴史的背景

「名古屋軍応援歌」は、現在のプロ野球球団である中日ドラゴンズの歴史的な源流に当たる名古屋軍のために制作された楽曲です。この歌は、球団の公式応援団によって1936年（昭和11年）3月19日に世に送り出されました。発表の舞台は、球団の母体であった新愛知新聞社の本社講堂で行われた公式応援団の発会式でした。当時の資料によれば、作詞は新愛知新聞社の学芸部長であった古田昴生、作曲はアマチュア・ブラスバンド東海連盟の創設者である神納照美であると推測されていますが、新聞記事には作曲者の名前が一部誤って記載されていたようです。

プロ野球史における位置づけ

日本野球機構（NPB）に現存する12球団の中で、最も長い歴史を持つ球団歌としてしばしば挙げられるのは、阪神タイガースの愛唱歌「六甲おろし」、正式名称「阪神タイガースの歌」です。この「六甲おろし」が最初に演奏されたのは1936年3月25日とされていますが、「名古屋軍応援歌」はそのわずか6日前の3月19日に発表されていました。この発表日をもってすれば、「名古屋軍応援歌」は、NPB現存球団における最初の球団歌であると定義することが可能となります。ただし、日本のプロ野球全体の歴史を俯瞰すると、さらに古参の楽曲が存在します。それは、1920年に結成された日本初の職業野球団、日本運動協会が1922年に定めた「日本運動協会野球歌」です。こちらの歌は作詞者が児玉花外と判明していますが、作曲者は不詳であり、楽譜も失われています。

資料の現状と継承

歴史的に見て重要な位置にある可能性を持つ「名古屋軍応援歌」ですが、残念ながら関連資料は極めて乏しい状況です。歌詞の一部は当時の新聞記事で確認できるものの、楽譜は散逸しており、後身である中日ドラゴンズの球団事務所にも公式な資料は残されていません。この資料不足のため、中日新聞社が過去に編纂した公式球団史、例えば『中日ドラゴンズ三十年史』や『中日ドラゴンズ70年史』といった書籍においても、この応援歌に関する記述はほとんど見られませんでした。
このような経緯から、中日ドラゴンズにおいては、1950年に現在の2リーグ制へ移行する際に制定された「ドラゴンズの歌」が、球団名が「ドラゴンズ」となって以降の“初代”球団歌として広く認識されています。「名古屋軍応援歌」は、長らく歴史の中に埋もれた存在となっていたのです。しかし、制定から88年が経過した2024年、中日スポーツの特集記事「NAGOYA発」によって、この歴史的な楽曲が改めて光を当てられることとなりました。

伝わる複数の歌詞

「名古屋軍応援歌」には、複数の異なる歌詞が存在したことが、当時の新聞記事から読み取れます。

公式応援団によるもの

1936年 3月19日付の新愛知新聞には、公式応援団が制定した歌として、以下の二つのバージョンが掲載されています。
「投げよ剛球打てよ堅棒」で始まる全4番の歌詞
「打てよ打て打て」で始まり「フレーフレーフレー名古屋軍」で終わる全3番の歌詞
これらの歌詞が、一つの楽曲の中で連続して歌われたのか、あるいはそれぞれが独立した楽曲だったのかは明らかになっていません。作曲者と見られる神納照美が創設した団体を前身とする東海吹奏楽連盟にも、楽譜は現存していません。

読者からの投稿歌

公式応援歌発表のわずか2日後、1936年3月21日付の新愛知新聞には、読者から寄せられた「名古屋軍応援歌」として別の歌詞が紹介されました。これは、旧制第一高校の寮歌として知られる「アムール川の流血や」のメロディーに合わせた替え歌であり、全3番の歌詞です。この替え歌の作詞者は、新聞記事中で「左の優秀なる歌詞」と紹介されているのみで、具体的な個人名は特定されていません。しかし、原曲である「アムール川の流血や」は栗林宇一が作曲したとされており、その楽譜があれば替え歌版の旋律を復元することは技術的に可能と考えられます。

初の実戦披露

公式応援団が結成された後、名古屋軍は新愛知新聞社の系列会社である國民新聞が設立した大東京軍をホームである鳴海球場に迎え、1936年3月21日と22日に記念すべき2連戦を行いました。この試合こそが、「名古屋軍応援歌」が初めて実際の試合の場で演奏された、いわゆる「実戦デビュー」であったと記録されています。

他球団の応援歌との関連

同時期に活動していた他のプロ野球チームも、独自の球団歌を持っていました。新愛知新聞と激しく競合していた名古屋新聞が設立母体となった名古屋金鯱軍は、総監督であった岡田源三郎が自ら作詞した「金鯱の歌」を球団歌としていました。また、名古屋軍とともに黎明期のプロ野球を支えた大東京軍は、後にライオン軍へと改称し、1939年に公募で選ばれた「制覇に進む若き獅子」を最初の球団歌としています。これらの歌もまた、日本のプロ野球草創期の貴重な音の記録と言えるでしょう。

結び

「名古屋軍応援歌」は、NPB現存球団の応援歌としては最古の可能性を秘めながらも、長年の間に資料が失われ、歴史の表舞台から姿を消していました。複数の歌詞が存在し、楽譜も伝わっていないため、その全貌を把握することは困難です。しかし、日本のプロ野球がまさに産声を上げた時代に、選手たちを鼓舞し、球場に集うファンを熱狂させたであろうこの歌の存在は、失われた歴史の一片として、その価値が改めて見直されています。

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