品川心中

品川心中（しながわしんじゅう）

古典落語の演目である「品川心中」は、江戸時代のにぎわいを今に伝える品川の遊廓を舞台にした人情噺です。この噺は大きく二つの部分に分かれており、前半では遊女と馴染みの客が心中を図る騒動が、後半では遊女に裏切られた客による痛快な仕返しが描かれます。ただし、その内容の長さから、一般的には前半の心中未遂までで演じ終えることが多く、後半は「仕返し」という独立した演題として扱われることもあります。

物語のあらすじ

上（前半）：心中未遂

物語は、品川宿で働く一人の遊女「お染」から始まります。遊廓の年中行事に関わる金の工面に困り果て、年下の同僚からも嘲笑される現実に耐えかねたお染は、死を選ぶことを決意します。しかし、一人で寂しく死ぬのは嫌だと考え、共に逝く道連れを探し始めます。数いる馴染み客の中から白羽の矢が立ったのは、少し世間知らずでぼんやりした様子の貸本屋「金蔵」でした。さっそく金蔵を呼び出したお染は、強引な調子で彼に心中を承諾させます。

翌晩、いよいよ心中を決行する段になると、金蔵はカミソリで首を斬ることを恐れて震え上がります。そこで場所を桟橋に移し、二人で海に身を投げることになります。しかし、いざ飛び込むとなると金蔵は尻込みしてしまいます。見かねたお染は、金蔵を突き飛ばして海へ落とし、自分も後に続こうとした、まさにその時でした。店から若い衆が駆けつけ、「必要な金ができた」という知らせをもたらします。思いがけない朗報に、お染は死ぬのが馬鹿らしくなり、あっさりと遊廓へと戻ってしまいます。

一方、遠浅だったため九死に一生を得た金蔵は、ずぶ濡れで親方の家へたどり着きます。しかし、親方の家では皆が博打に興じており、戸を叩く音を聞いて「役人だ！」と早合点し、家中が大騒ぎになります。尋ねてきたのが金蔵だと分かり、安堵する一同でしたが、その中に一人だけ微動だにしない者がいました。皆がその者を褒め称えると、返ってきたのは「いや、実はとっくに腰が抜けております」という、なんとも情けない一言でした。

下（後半）：仕返し

翌朝、死に損ないの顛末を親方に打ち明けた金蔵。激怒した親方は、金蔵と共に、お染への痛烈な仕返しを企てます。

金蔵は再びお染を訪ね、「白い団子が食べたい」などと不気味なことを口にします。しばらくしてお染が店の者から客が来たと呼び出されて外へ出ると、そこには親方と金蔵の弟だと名乗る二人が立っており、「金蔵の通夜に来てほしい」と告げられます。

驚いたお染が、そんなはずはないと、親方を連れて部屋に戻ると、そこには金蔵の姿はありません。代わりに布団の中には金蔵の位牌が置かれています。親方は「金蔵が化けて出た」「このままではお前は祟り殺される」「頭を丸めて尼になるしかない」などとたたみかけ、お染の髪を無理やり剃ってしまいます。まさにその時、剃髪されたお染の目の前に、金蔵が現れます。変わり果てた自分の姿をみて悔しがるお染に、金蔵はこう言い放ちます。「お前さんが欲を出してあまりお客さんを『釣る』もんだから、『魚篭に』（びく・に）されたんだ」と。

演目の背景とバリエーション

「品川心中」の原話とされる記述は、天保11年（1840年）に書かれた『井関隆子日記』の中に見られるという説があります。また、前半のサゲ（落ち）の原型については、享保12年（1726年）の滑稽本『軽口しりとり』に収録された「浅草のかたきうち」にその形跡が見られるとされています。歴史的には、1940年9月に当時の講談落語協会が警視庁への届け出を行い、口演を自粛することになった禁演落語53演目の一つに数えられた過去を持ちます。

演じられる際には、あらすじや演出にいくつかのバリエーションが存在します。例えば、武藤禎夫氏が著書で紹介するあらすじでは、お染が心中を決意する理由が「貧困ではなく、年老いて客がつかなくなったため、心中して浮名を流そうと考えた」とされるなど、細かい部分が異なります。また、貸本屋の金蔵が心中前夜に宴会を開いて寝てしまう、お染を騙す理由が「金蔵の死体からお染との起請文が出た」という設定、お染が部屋で見るものが戒名を書いた紙であるなど、様々な違いが見られます。三代目三遊亭圓馬は、後半まで演じる際に、髪を剃られたお染が「これは地毛ではなく、かもじ（入れ髪）だ」と言い返すサゲを用い、「入れ髪」という演題で演じたことも知られています。上方落語では、桂文太氏が松島遊廓を舞台に改作した「松島心中」という演目もあります。

映像化および関連作品

この噺は、様々なジャンルで題材として取り上げられています。映画では、1957年公開の『幕末太陽傳』のエピソードの一つとして登場し、小沢昭一氏が金蔵役（作中では金造表記）、左幸子氏がお染役を演じました。また、落語を主題にしたテレビドラマ『タイガー&ドラゴン』でも映像化され、登場人物たちの人生に大きな影響を与える物語として描かれています。

音楽では、ヘヴィメタルバンド人間椅子のアルバム『瘋痴狂』（2006年）に、この噺を基にした楽曲が収録されています。演劇としては、麦人氏が脚本を書き下ろし、2012年に麦人氏と森うたう氏のユニット「うたう麦」により同名の語り芝居として上演されました。さらに、小説やコミックの題材ともなっており、坂井希久子氏による小説や、小野塚カホリ氏によるコミックなどが刊行されています。

古くから伝わる遊廓の悲喜交々を描いた「品川心中」は、時代と共に変化しながらも、そのユニークな筋立てと登場人物たちの魅力によって、今なお多くの人々に親しまれています。

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