唐沢山城の戦い

唐沢山城の戦いは、永禄年間から元亀年間にかけて（おおよそ1560年代から1570年代初頭）、下野国（現在の栃木県佐野市）に位置する唐沢山城を舞台に、越後の上杉謙信と、その城主である下野の佐野昌綱の間で繰り返し行われた一連の軍事衝突です。その回数は約10度に及んだとされます。

概要

下野南部に位置する唐沢山城は、戦略上極めて重要な拠点でした。関東への勢力拡大を目指す上杉謙信にとって、この城を支配下に置くことは関東出兵における必須条件でした。当時の唐沢山城主、佐野氏第15代当主・佐野昌綱は、北方の越後を本拠とする上杉氏と、南方の相模を根拠地とする北条氏という二大勢力に挟まれる非常に困難な状況に置かれていました。昌綱は、佐野家の存続と領地、そして領民の安全を守るため、自身の武勇と知略を最大限に駆使し、戦国の荒波を乗り越えようと奮闘しました。

唐沢山城は、険しい山頂に築かれた自然の地形を巧みに利用した堅固な山城であり、関東七名城の一つにも数えられるほどの難攻不落を誇りました。このため、天下にその名を轟かせた謙信をもってしても、この城の攻略には大いに手を焼くこととなります。その堅牢さから、後に関東における山城の中でも随一と評される「関東一の山城」と呼ばれるようになりました。上杉軍が幾度となく攻め寄せると、昌綱は城に籠城してこれを撃退するか、あるいは一時的に降伏することで凌ぎました。しかし、上杉軍が越後へ引き上げると、今度は北条軍が迫り、その際には北条氏に降伏するという、極めて臨機応変かつ現実的な判断で佐野家の生き残りを見事に図ったのです。多くの戦国大名が滅亡した激動の時代に、佐野氏がその血脈を繋ぎ続けることができたのは、唐沢山城の卓越した防御力と、佐野昌綱の優れた才覚によるところが大きいと言えます。

戦いの推移

永禄3年（1560年）2月の戦い

永禄2年説もあります。約10回に及ぶ唐沢山城の戦いの中で、唯一、佐野昌綱が上杉謙信と手を結び、北条氏と戦ったとされる合戦です。北条氏康の子・氏政が率いる3万余りの大軍が唐沢山城を攻撃しましたが、昌綱はこれに応戦し、謙信に救援を要請しました。謙信は少ない兵力で北条軍を退けたと伝えられますが、この合戦の史実性には疑問も呈されています。

永禄4年（1561年）12月の戦い

永禄4年3月、謙信は昌綱らを従え、北条氏康の本拠である相模小田原城を包囲しましたが、攻略には至らず越後へ撤退しました。謙信が去ると、氏康は反攻に転じ、北条軍が唐沢山城に迫りました。この時、謙信は信濃で武田信玄との川中島の戦いに忙殺されており、昌綱に援軍を送る余裕がありませんでした。孤立した昌綱は氏康に降伏したため、これを謙信に対する裏切りとみなした謙信は唐沢山城を攻撃します。しかし、城の堅牢さと冬の到来により、謙信は撤兵を余儀なくされました。

永禄5年（1562年）3月の戦い

上野厩橋城で年を越した謙信は、永禄5年3月に再び唐沢山城へ攻め寄せました。しかし、前年同様、堅固な城を攻め落とすことができず、兵を引きました。昌綱は2年続けて謙信の攻撃を退けたことで、その武名が戦国社会に広まることとなりました。この後、謙信は越中で発生した神保長職の反乱鎮圧のため越中へ出兵し、その間に関東における北条氏の勢力回復を招くことになります。

永禄6年（1563年）4月の戦い

永禄6年2月、北条氏康は武田信玄の支援を得て、上杉方の武蔵における重要拠点である松山城を攻略しました。謙信は越中から急遽帰国し、雪深い三国峠を越えて関東救援に向かいましたが間に合いませんでした。謙信が関東を不在にしていた間に、多くの関東諸城が北条方に寝返っていたため、謙信はこれらの城を次々と攻略し、降伏・開城させていきました。この謙信の圧倒的な勢威を前に、佐野昌綱も抵抗を諦め、唐沢山城は開城しました。謙信はこの年の冬から翌春にかけての関東出兵で、武蔵の騎西城・忍城、下野の唐沢山城・祇園城、下総の古河城・結城城、常陸の小田城など、多数の城を制圧しています。

永禄7年（1564年）2月の戦い

永禄7年2月、謙信が下野を去った後、昌綱は再び上杉氏に対し反旗を翻しました。唐沢山城は、上杉軍が上野の厩橋城から関東における中心地である古河城（古河御所）へ進軍する際の主要な経路を抑える位置にあり、昌綱の度重なる反抗は謙信にとって看過できない問題でした。この2月の戦いは、約10回におよぶ唐沢山城攻防戦の中でも特に激しいものとなりました。上杉軍は猛烈な攻撃を仕掛けましたが、佐野軍は徹底的な抗戦を展開しました。唐沢山城は急峻な山に築かれ、水源も豊富であったため、謙信といえども容易には攻め落とせませんでした。

しかし、昌綱が頼りとする北条氏は当時、安房の里見義堯と国府台で激戦を繰り広げており、唐沢山城への援軍を送ることはできませんでした。孤立無援となった唐沢山城も、上杉軍の激しい攻勢の前には守り抜くことが困難となり、ついに三の丸・二の丸が奪われ、本丸に迫られる事態となりました。追い詰められた昌綱は、常陸の佐竹義昭と下野の宇都宮広綱の説得を受け入れ、ついに降伏を決断します。謙信は、義昭と広綱からの嘆願により、昌綱の助命を承諾しました。この戦いでは、斎藤朝信、吉江景資、色部勝長といった上杉家臣たちが軍功を挙げ、謙信から感状を与えられています。

永禄7年（1564年）10月の戦い

永禄7年8月、謙信が武田信玄と五回目の川中島の戦いに専念している隙を突いて、信玄と同盟関係にあった北条氏康は再び北関東へ軍を進め、唐沢山城に圧力をかけました。昌綱はこの圧力に屈し、再び謙信から離反したため、上杉軍の再侵攻を招くこととなりました。10月、謙信が唐沢山城に迫ると、昌綱は再び降伏し、人質を差し出して越後へ帰国することを余儀なくされました。

永禄10年（1567年）2月の戦い

前回の降伏時に人質を差し出したことや、北条氏が安房の里見攻めに主力を向けていた期間があったため、昌綱はしばらく上杉氏から離反することはありませんでした。しかし、謙信はこの時期、西上野・北信濃で武田氏、関東各地で北条氏、越中で一向一揆と、三方面作戦を強いられていました。永禄9年（1566年）には下総臼井城攻めや上野和田城攻めに失敗しており、これを機に多くの関東諸大名が北条・武田方へと離反してしまったのです。北条氏の勢力が再び下野に拡大するに及んで、昌綱は再び北条氏に帰順しました。永禄10年2月、謙信は唐沢山城へ攻め寄せましたが、関東諸大名の援軍を得られず苦戦します。加えて厳冬期の寒さと積雪もあり、雪解けを待つこととして撤退しました。

永禄10年（1567年）3月の戦い

雪解けを待って唐沢山城に再び殺到した上杉軍の前に、佐野軍はついに降伏せざるを得なくなりました。度重なる離反を繰り返していたにもかかわらず、謙信は再び昌綱の命を助けました。唐沢山城を再び支配下に置いたものの、この年には上杉方の関東における最重要拠点である厩橋城の城代・北条高広が北条方に寝返るという事態も発生しており、関東管領としての謙信の権威が揺らぎかねない状況でした。しかしその後、謙信と敵対していた武田信玄と北条氏康の同盟関係に亀裂が生じ、両者は駿河今川氏の領地を巡って激しく対立することになります。氏康は謙信との和睦を求め、謙信がこれに応じたことで越相同盟が成立し、関東における上杉・北条間の大規模な争いは一時的に終息しました。

元亀元年（1570年）1月の戦い

越相同盟が成立していた時期ですが、佐野昌綱が再び上杉氏に背いたため、元亀元年（1570年）1月に謙信は唐沢山城に迫りますが、城を攻略できずに兵を引いています。

その後の唐沢山城

天正2年（1574年）、佐野昌綱が死去し、嫡男の宗綱が家督を継ぎました。この頃には既に上杉氏と北条氏の越相同盟は破綻しており、謙信は北陸方面での戦いに注力するようになります。宗綱は佐竹氏と同盟を結んで北条氏に対抗しましたが、宗綱の戦死後に佐野家で内紛が発生しました。これにより、北条氏から養子として北条氏忠が佐野氏の名跡を継ぎ、唐沢山城を統治することになります。しかし、豊臣秀吉による小田原攻めで北条氏が滅亡すると、佐野昌綱の弟である佐野房綱、次いでその養子の佐野信吉が城主となりました。江戸時代に入り、佐野城が新たに築城されて佐野藩の藩庁が移されると、唐沢山城はその役目を終え、廃城となりました。

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