問民苦使

問民苦使（もみくし/もんみんくんし）とは

問民苦使（もみくし/もんみんくんし）とは、古代日本の律令制において、民衆の苦しみを調査するために臨時に派遣された地方監察官のことです。この制度は、天平宝字2年（758年）に孝謙天皇の詔により、藤原仲麻呂の主導で初めて導入されました。

概要

問民苦使が設置された背景には、前年の橘奈良麻呂の乱による地方の動揺を鎮め、仲麻呂の儒教的な政策を浸透させる目的がありました。これは、唐の観風俗使や採訪処置使といった監察制度を参考にしつつ、日本独自の性格を加えたものとされています。地方の実情を把握し、民衆の不満や要求を吸い上げ、政治に反映させる役割を担いました。

初期の派遣

天平宝字2年の派遣では、以下の役人が各道に派遣されました。

畿内：石川豊成
東海道・東山道：藤原浄弁
北陸道：紀広純
山陰道：大伴潔足
山陽道：藤原蔵下麻呂
南海道：阿倍広人
西海道：藤原楓麻呂

これらの役人は、藤原氏一族の若手貴族や、仲麻呂に近い議政官の子弟で構成されていました。これは、彼らに経験を積ませ、将来の政権を担う人材を育成する意図があったとされています。実際に、藤原浄弁と石川豊成は後に参議に任じられています。問民苦使には、判官と録事がそれぞれ1名ずつ属官として付けられ、東海道と東山道には録事が2名配置されました。

この時の派遣は、形式的なものではなく、実際に現地の状況を視察し、民衆からの訴えを直接聞き取り、その内容を報告・上申するものでした。例えば、藤原浄弁は老丁・耆老の年齢を1歳引き下げることを提言し、毛野川の治水工事を実現させました。また、藤原楓麻呂は、29件の民衆の苦情を指摘し、大宰府にその対応を命じています。このように、問民苦使の報告は、仲麻呂政権の地方政治振興政策に大きな影響を与えました。

後世の派遣

問民苦使は、その後も延暦14年（795年）に派遣され、紀広浜が東海道を担当しました。彼は、食料が不足する夏に、正倉の修繕などの労役を行う際には、動員された民衆に公的な食料を支給すべきであると提言し、これが後に実現されました。寛平8年（896年）には、平季長が山城国問民苦使として、平安京周辺の状況を視察し、院宮王臣家の土地支配に対する規制を行うきっかけとなりました。

評価

問民苦使が派遣された時期や頻度、地域、回数など、不明な点も多く、その成果についても詳細な記録は残っていません。しかし、『太平記』にも朝廷が治めていた時代の象徴的な制度としてその名が挙げられており、その活動は決して名目的なものではなかったと考えられています。問民苦使は、民衆の意見を政治に反映させ、地方政治の安定に貢献した重要な制度であったと言えるでしょう。

参考文献

亀田隆之「問民苦使」『国史大辞典 13』（吉川弘文館 1992年） ISBN 978-4-642-00513-5
吉岡真之「問民苦使」『日本史大事典 6』（平凡社 1994年） ISBN 978-4-582-13106-2
虎尾達哉「問民苦使」『日本歴史大事典 3』（小学館 2001年） ISBN 978-4-09-523003-0
早川万年「問民苦使」『日本古代史事典』（朝倉書店 2005年） ISBN 978-4-254-53014-8
木本好信「問民苦使選任に見る藤原仲麻呂政権の崩壊要因」『政治経済史学』99号（1974年）/補訂改題:「問民苦使発遣とその政治的背景」『藤原仲麻呂政権の基礎的考察』（高科書店 1993年）

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