回向

回向（えこう）とは

回向（えこう）とは、サンスクリット語の「Pariṇāmanā（パリナーマナー）」を漢訳した言葉で、「転回する」「変化する」「進む」といった意味を持ちます。仏教においては、自身が積み重ねた善根や功徳を、他の人や物事に振り向けて与えることを指します。

具体的には、寺院で読経を依頼する際に「回向料」と表書きするのは、僧侶の読経という善行の結果を、故人や特定の目的のために振り向けるという意味合いがあります。上座部仏教においても、回向は十福業事の一つとして重視されています。

大乗仏教における回向

大乗仏教では、一切皆空の思想に基づき、本来自分に還るはずの善行の報いを、他者へ転回することが可能であると考えます。この考え方から、以下のような回向の概念が生まれています。

衆生回向: 善行の結果を、人々の幸福のために役立てることを願うこと。
菩提回向: 善行の結果を、仏果の完成に役立てることを願うこと。

回向の心を持って修行する段階は「十回向位」と呼ばれ、悟りへの重要な過程と位置づけられています。自己の善根を仏果に向け、自我への執着を取り除くことで、善根は功徳となり、我執が除去されます。善根を積み重ねるだけでなく、回向することにこそ意味があると考えられています。

回向には、一般的に以下の三種類があるとされます。

1. 菩提回向: 悟りを求めること。
2. 衆生回向: 衆生に功徳を施すこと。
3. 実際回向: 無為涅槃を求めること。

世親（天親）は、往生浄土のための行として「礼拝、讃歎、観察、作願、回向」の五念門を説き、自ら修めた功徳を一切の衆生に回向し、共に浄土に往生することを重要視しました。

往還回向

曇鸞は、『浄土論註』において、「往相回向」と「還相回向」の二種類の回向を説きました。

往相回向: 自分の善行功徳を他の人に回らし、共に浄土に往生することを願うこと。
還相回向: 浄土に往生した者が、再びこの世に還り衆生を救済することを願うこと。この利他の働きは、阿弥陀仏の本願力によるものとされます。

浄土真宗においては、親鸞が「末法の衆生は、回向すべき善行を完遂しえない」と自己反省したことから、阿弥陀仏の本願力による他力回向を重視します。浄土への往生も、阿弥陀仏が完成した万徳具備の名号の働きによるものと考え、名号を回向と捉えます。往相・還相ともに阿弥陀仏の本願力によるものであり、仏の側から衆生に功徳が回向されると解釈されます。

江戸時代の妙好人である庄松は、「私が捨てた念仏を喜んで拾う者がいる」と述べたように、称名の声を聞いた時に、浄土から働きかけを感じ、それに応えて称名する姿が、回向の具体的な表れとされます。

回向文（普廻向）

回向文は「回向偈」とも呼ばれ、勤行や法要の終わりに唱える偈文です。仏事を行った功徳を、広く有縁の人々や一切の生きとし生けるものに回向するために読誦されます。寺院や各家庭で行われる仏事は、故人だけでなく、縁ある者すべて、あるいは一切有情に向けて行われます。この回向は「普廻向」と称されることもあります。

偈文は宗派によって異なりますが、代表的なものとして以下のものがあります。

「願以此功徳 普及於一切 我等与衆生 皆共成仏道」（妙法蓮華経）
「願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」（観無量寿経疏）

浄土教系の諸宗では、浄土三部経を正依の経典としているため、後者が用いられます。浄土真宗では、「此功徳」を阿弥陀仏の功徳と解釈します。

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