国鉄マニ30形客車

国鉄マニ30形客車：秘匿された現金輸送車の全貌

国鉄マニ30形客車は、日本国有鉄道に籍を置きながら、実際には日本銀行が所有していた特殊な荷物車です。その主な役割は、全国の日本銀行支店へ大量の紙幣を安全かつ確実に輸送することでした。この車両は、その特殊な任務ゆえに、一般にはほとんど知られておらず、鉄道ファンでさえもその存在を詳しく知る機会は限られていました。

概要

太平洋戦争後のインフレーションにより、紙幣の流通量が急増しました。そのため、日本銀行は、大量の紙幣を迅速かつ安全に輸送する手段を必要としていました。そこで、国鉄の車両をベースに、特別仕様の現金輸送車が製造されました。これがマニ30形客車です。この車両は、外見は普通の荷物車と大差ありませんでしたが、内部には厳重なセキュリティ対策が施されており、その存在自体が秘匿されていました。運用は、他の私有車両と同様に扱われ、国鉄の荷物列車や客車列車に連結され、時には「銀河」や「ニセコ」のような急行列車にも連結されました。1986年の国鉄ダイヤ改正で荷物列車が全廃された後は、コンテナ車などの高速貨物列車に併結され、その役割を果たし続けました。国鉄分割民営化後はJR貨物に継承されましたが、2003年に日銀券の鉄道輸送が終了したことで、2004年までに全車が廃車となりました。

特徴

マニ30形には、1948年に製造されたマニ34形を改造したグループと、1978年から1979年にかけて新製されたグループの2種類が存在します。どちらも、車両の中央に警備員用の添乗室があり、その前後に荷物室が配置されています。この配置は、一般的な荷物車よりも護送便郵便車に似ています。特徴的なのは、荷物室には窓が一切ないことと、前位の妻面には標識灯以外何もないことです。これは、輸送する現金を守るためのセキュリティ対策の一環でした。また、現金輸送中は、機関車の次位に連結されることが多く、荷役時には天幕で周囲を覆い、鉄道公安職員や警察官が警備に当たっていました。

構造

車体

マニ30形の車体は、前位から荷物室、警備員添乗室、荷物室、車掌室の順に配置されています。警備員添乗室は車両の中央に位置し、前後の荷物室で挟まれる形となっています。この構造は、護送便郵便車に類似しています。出入口と妻面貫通路は車掌室のある後位のみに設けられており、前位の荷物室部分には窓がありません。そのため、前位妻面には後部標識灯以外何も設置されていません。

車内設備

警備員添乗室には、監視設備、寝台、洗面所、小規模な台所、食事用テーブルが備えられています。側窓には18mm厚の防弾ガラスが使用されており、万が一の襲撃に備えています。車内監視カメラの映像は、本車両だけでなく、編成内の他の車両の車掌室からも確認できます。荷物室には、保安上の理由から窓が一切なく、床面は現金輸送に適した平板構造となっています。また、車掌室と荷物室の間には通路がなく、相互の行き来はできません。

形式別解説

マニ34形（1 - 6 → 2001 - 2006）

1948年に製造されたこのグループは、オハ35形に似た半切妻形状の車体をしていました。荷物扉は、電車用のプレスドアを流用し、窓を鋼板で塞いだものが使用されました。警備員添乗室には3段寝台が設置されていました。1954年にはリクライニングシートに改造され、1962年には荷物扉が両開き式に改造されました。1964年には冷房化改造と近代化改造が施され、ディーゼル発電機が床下に設置されました。その後、全車に電気暖房が設置され、1970年にはマニ30形に改番されました。

マニ30形（2001 - 2006）

1970年にマニ34形を改番した車両で、積載荷重が13tに変更されました。老朽化のため、後継の2007 - 2012に置き換えられ、1981年までに廃車されました。

マニ30形（2007 - 2012）

1978年から1979年にかけて製造されたこのグループは、50系客車に準じた構造で、車体長がマニ50形より1300mm長くなっています。そのため、軽量化のために耐食アルミ合金が使用されました。車内配置は2001 - 2006と同様です。車掌室側妻面はオハフ50形に似た折妻形、窓のない両開き荷物扉、貫通路のない前位妻面が共通の特徴です。警備員添乗室にはプルマン式の2段寝台が設置され、分散形冷房装置が屋根上に設置されました。外部塗色は青15号、台車は50系客車と同様のTR230Bを使用しました。

運用

マニ30形は、東京の尾久客車区や隅田川貨物駅、大阪の宮原客車区に配置され、主に急行旅客列車に併結されましたが、荷物列車や普通列車に併結されることもありました。現金輸送時には、日本銀行から警備員が添乗し、厳重な警備体制が敷かれていました。定期検査は大宮工場が担当していました。荷物列車の全廃後も使用されていましたが、JR貨物のコンテナ貨車の速度制限から、1992年から自動車輸送に切り替えが進み、2003年に鉄道輸送が終了しました。2004年には全車が廃車となり、形式消滅しました。

保存車

マニ30 2012が小樽市総合博物館に保存されています。

マニ30形存在秘匿にまつわる逸話

マニ30形の存在は、当初から秘匿されていたわけではありません。1960年代から1970年代にかけては、一部の鉄道書籍や雑誌に掲載されたこともありました。しかし、1978年頃から国鉄は、公式な記録からこの車両を削除し、その存在を隠蔽するようになりました。鉄道雑誌が模型製作記事を掲載した際には、日本銀行から事情聴取を受けたという逸話も残っています。また、インターネットの掲示板でも、この車両について触れることは禁じられていたようです。国鉄内部でも、ごく一部の職員しかこの車両の存在を知らなかったと言われています。

マニ30形は、その特殊な役割と秘匿された存在ゆえに、多くの謎に包まれた車両でした。しかし、その歴史を振り返ることで、鉄道の知られざる一面を垣間見ることができるでしょう。

参考文献

西橋雅之・石橋一郎『荷物車・郵便車の世界 昭和50年代のマニ・オユの記録』クリエイティブ・モア、2003年
ネコ・パブリッシング『Rail Magazine』1988年3月号 No.51
プレス・アイゼンバーン『とれいん』2004年8月号 No.356
交友社 『鉄道ファン』2004年9月号 No.521
小川裕夫『封印された鉄道史』彩図社、2010年
和田洋『現金輸送車物語 -タブーとなったマニ34・30形-』ネコ・パブリッシング〈RM LIBRARY 208〉、2016年

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