国防の本義と其強化の提唱

『国防の本義と其強化の提唱』

1934年に発行されたこのパンフレットは、陸軍省の新聞班によって制作されました。B6判56ページのこの冊子は、約60万部が流通され、特に「たたかひは創造の父、文化の母である。」という序文で広く知られています。これは「陸軍パンフレット」とも呼ばれ、その後の「陸軍パンフレット事件」に至るまで、大きな社会的反響を引き起こしました。

概要と制作背景

このパンフレットの原案は、当時東京帝国大学に派遣されていた池田純久（経済学部の少佐）や四方諒二（法学部の少佐）らによって考案されたもので、陸軍省内の新聞班のリーダーであった鈴木貞一と根本博の監督のもとで制作されました。その内容は、北一輝の『日本改造法案大綱』の考えを具体化したもので、陸軍主導による社会主義国家の設立や計画経済の採用を提言していました。そのため、様々な議論を巻き起こし、特に軍事ファシズム体制を主張している点が注目されました。

関与したのは統制派の将校たちでしたが、当時対立していた皇道派も表面的には反対しなかったことが興味深い点です。皇道派は、過度な管理経済が共産主義に近いとして抵抗していましたが、軍国主義体制の樹立については同意していました。一方、政党政治家たちは強い反発を示し、陸軍大臣は議会での追及の対象となりました。特に、国防の観点からも看過できない問題として提起された内容には、革新系の政治家たち、例えば中野正剛や赤松克麿から賛同の声が上がりました。

社会大衆党の書記長である麻生久は、パンフレットに従わない者は社会改革活動から落ちこぼれであると批判し、熱烈な賛辞を送りました。しかし、批判や反発も多く、美濃部達吉らからは厳しい意見があり、雑誌「中央公論」では「陸軍国策の総批判」という特集を組むほどでした。美濃部は「国家既定の方針を無視する」と批判し、その後天皇機関説問題として論争を巻き起こしました。

パブリックコメントの形態

特に注目すべきは、このパンフレットの巻末に意見が書ける私製はがきが附属していた点です。これにより国民の意見を陸軍省に送ることができ、民意を問う新しい試みとなりました。このような形態は、当時の政府や政党の慣習から見ると和なサプライズであり、特に衆目を集めました。実際、寄せられた意見は翌年に『「国防の本義と其強化の提唱」に対する評論集』として出版されました。

同時期の他のパンフレットとの相違

陸軍は、1931年9月の満州事変以降、国民にその正当性をアピールするために多数のパンフレットを発行していましたが、これらは主に情報を伝えるものでした。しかし、『国防の本義と其強化の提唱』は、初めて軍部が思想や経済問題に直接触れ、政治介入を公開した点で、これまでのパンフレットとは一線を画します。

影響と評価

このパンフレットは、大々的なメディア報道を伴い、多くの反響を呼び起こしました。経済学者の土方成美は、陸軍が直接国民に発表するよりも、内閣を通じて行った方が適切だったのではないかとも述べています。

『国防の本義と其強化の提唱』は、その後の日本の軍事政策や社会経済的議論に深い影響を与え続けました。

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