地車囃子

地車囃子（だんじりばやし）

地車囃子は、本来地車を曳く際に奏でられる祭囃子ですが、大阪市北部などを中心に、地車を保有しない地域でも重要な音楽として受け継がれています。これらの地域では、舞台や櫓の上、さらには船渡御の船上などで、「へたり」と呼ばれる形式で演奏・奉納されます。「へたり」は、舞台などで座って演奏する様子を表しており、曳行しながら演奏するスタイルと対照的です。また、曳行後に舞台などで座って演奏される例も少なくありません。

「へたり」という演奏形式が広まった背景には歴史的な経緯があります。1902年、大阪市内で道路に水道管を埋設したことにより、道路保護のため地車の曳行が禁止されたことが、地車とは切り離された音楽としての「へたり」演奏が定着する一因になったと考えられています。

通常、地車とその囃子は一体のものとされることが多いですが、大阪天満宮の天神祭のように、地車囃子が祭りの象徴的な音楽として単独で広く認知されている例も多くあります。組曲としての完成度の高さは、単に曳行に伴う音楽とは一線を画す、地車囃子の大きな特徴といえます。

演奏の機会は祭礼時だけにとどまりません。結婚式や葬式といった慶弔の儀式、さらにはオリンピック招致活動やプロボウリング大会の開会式といった意外な場でも披露されることがあります。一部の保存会や講・連は、伝統を守りながらもゲリラ的な演奏活動を行うなど、多様な形で地車囃子の魅力を伝えています。

演奏楽器と特徴

地車囃子の演奏は、主に親太鼓（大太鼓）、雄鉦・雌鉦（二丁鉦）、子太鼓（小太鼓）の4人一組で行われます。泉州地域ではこれに篠笛が加わり、南河内地域では「曳き唄」が挿入される場合もあります。江戸時代後期には三味線が用いられていた描写も残っていますが、「へたり」演奏が確立されていく過程で、鉦の大音響に埋もれてしまうため使われなくなったと伝えられています。ちなみに、寄席囃子の中にも「地車」という曲があり、三味線などが用いられています。

楽器にはそれぞれ特徴があります。親太鼓はビヤ樽型でケヤキの彫り抜き胴。カシやヒノキのバチで叩かれ、4人組の中心として指揮者の役割も担います。皮だけでなく、木のフチや鋲も使い分け、即興性を活かした多様な音色を生み出します。鉦はたらい型で銅と錫の合金製。鹿の角で作られた撞木で叩かれます。子太鼓は親太鼓より二回り以上小さく、小さなバチや、流派によっては竹製の平たいバチを使います。子太鼓のリズムは鉦に合わせることが多いですが、鉦のフチ打ちに合わせる流派もあります。

地域による違いと現代の課題

岸和田だんじり祭に代表される泉州地域の地車囃子（ここでは「鳴り物」と呼ばれることが多い）は、「きざみ」と呼ばれる調子を除き、一拍目と二拍目の間が長く、二拍目と三拍目の間が短い、曳き手を急き立てるような独特のリズムが特徴です。しかし、囃子方を担う若い世代（10代後半から20代前半）の中で、この独特のリズムを習得できない「均等打ち」の問題が深刻化しています。また、篠笛の音色が平坦化したり、ホイッスルの多用（特に地車の進行合図など）が問題視されたりする側面もあります。後継者の数は心配されていませんが、若者に任せきりにしてきたことなどが原因の一つとも指摘されています。

地車囃子が、遣り回しをはじめとする地車の動き（練る、走る、止まる、曲がるなど）を統御する重要な役割を担っている点は、泉州地域だけでなく、河内地域や、地車を持たない摂津（大阪市内）でも共通して見られます。それぞれの地域で、地車囃子の伝統が高度に継承されていると言えるでしょう。

歴史的背景

地車囃子の起源については、16世紀末、豊臣秀吉による大坂城築城の際の「テーマソング」であったとする説が有力視されています。ただし、この時代はまだ地車とセットでの演奏でした。

近代以前から地車囃子が庶民に浸透していたことを示す伝承もあります。大阪市北区の榎神社（堀川戎神社）には、地車吉兵衛という地車囃子を真似て人々を驚かせたとされる狸が祀られています（地車稲荷）。

幕末から昭和にかけて、天神祭では地車の曳行が少ない時期がありましたが、地車囃子という音楽は大阪の祭りの象徴として継承され続けました。これは、大阪天満宮だけでなく、かつて宮入りをしていた周辺地域や、今福・蒲生、福島、平野、長柄といった東西南北の各地域で、それぞれの地元のお囃子が奉納され、親しまれていたためと考えられています。

戦後の変遷：踊りとバチさばき

地車囃子が地車から独立した音楽として広く認知されるようになったのは、戦後のことと考えられています。これはマスメディアの発展と深く関わっています。泉州の曳行スタイルに対抗する形で、囃子そのものの独自性に加え、演奏者や関係者の「派手に踊ってみたところ、そこに光が当たった」という証言が示すように、踊りが注目されました。昭和31年（1956年）を舞台にした小説『泥の河』とその映画化作品にも、福島天満宮での「へたり」演奏の様子が描かれ、特に映画では踊りがメインに映し出されています。天神祭においても、地車を舞台にした「へたり」奉納で踊りが重視され、映像メディアが踊りを取り上げたことが地車囃子の普及に貢献したといえます。

また、高度経済成長期には地車の修理予算がない場合もあり、それが影響したかは定かではありませんが、「へたり」のみで演奏を行う保存会や講・連が増加しました（露天神社、服部天神宮、長柄八幡宮など）。地車を持たない地区の地車囃子が公的に認められる大きな契機の一つとなったのは、1970年の大阪万博前夜祭での奉納演奏が、テレビで放送された時と考えられています。

その後、地車囃子の演奏はさらに広がりを見せました。1979年、大阪城で行われた大阪府神社庁主催のイベントでは、岸和田だんじり祭の奉納とともに、長柄八幡宮の摂州だんぢり囃子が奉納され、これは大阪府神社庁が地車囃子を独立した音楽として認めた瞬間とも言われ、演奏スタイルの変化をもたらす画期的な出来事となりました（平野地車囃子保存会などがその例）。1980年代後半には大阪市の青年団体協議会が講習会を開くなど、普及活動も行われました。

派手なバチさばきの祖としては、長柄八幡宮の「かんべさん／かずさん」という人物が挙げられます。1950年代には既にバトンを回すようなアクロバティックな動きを見せていたとされます。1980年代後半の講習会では、親太鼓の派手なバチさばきに多くの参加者が魅せられました。親太鼓は音楽の中で最も即興性が許され、花形とされていました。1990年代前半にビデオカメラが普及すると、長柄や平野などの派手な親太鼓演奏を録画して真似る動きが広まり、派手な演奏スタイルが一気に普及しました。

しかし、地車を持つ地域が派手な演奏を取り入れたことに対し、「地車のない地域のものを真似るのは全体の調和を乱す」と嘆く古老もいました。また、地車がない地域でも、「鉦や子太鼓、踊りがおろそかになっている」と懸念を示す声もありました。結果として、メディアや観衆は踊りを、演奏側は親太鼓のバチさばきをメインと捉える傾向が生まれたと言えます。

音楽の構成

地車囃子の曲構成は、各保存会や講・連で呼称が異なりますが、大阪市青協の小冊子に基づいた用語を以下に記します。これは「ヒガシ」や「キタ」と呼ばれる流派に共通する理解の枠組みです。

- 三部構成: 大きく「ハナ」「ナカ」「ダメ」の三楽章に分かれますが、全曲演奏すると20分近くになるため、ほとんどの場合二楽章に省略されます。

- 第一楽章: 主に「一力」「二力」「うた」「しゃんぎり」で構成されます。「一力」（道中とも）は「チキチンチキチン…」「ジキジンジキジン…」と聴こえる部分で、親太鼓は皮中からフチ打ちへ移行します。「二力」（みつとも）は「コンコンコンチキチッコンコン…」「コンコンコンジキジッコンコン…」と聴こえます。二力としゃんぎりの間に挟まる「うた」（かやく、もんくとも）は各地域や流派独自の曲目が多く、「ヒガシ」には天満、いたち、桜、じきじんなど、「キタ」には天満、東、はんがね回し、吉野などがあり、「ヒガシ」は比較的新しい曲も含まれます。「しゃんぎり」（ながれとも）は「チキチンチキチン…」「ジキジンジキジン…」と続く部分で、泉州地域の曳行演奏はこれのみです。この第一楽章のみの演奏は地味なため、「へたり」では少ないとされます。

- 楽章間のつなぎ: 第一楽章と第二楽章、そして第三楽章へのつなぎには「まがりと」や「新油（油）」が用いられます。「まがりと」は習得すると一人前と認められることも多く、「つなぎ」と称す地域もあります。

- 地: 地車と一体であった証であり、演奏のテンポを変化させ、まるで地車を曳行しているかのように模した演奏です。一力中心で、「橋」が挿入されることもあります。

流派

大阪市内の地車囃子には、主に三つの大きな流れがあります。天神祭での競演を起源とする「天満流」（ヒガシ）と「長柄流」（キタ）、そして福島地区に祖型を持つとされる「ニシ」です。

- ヒガシ（天満流）: 大阪市内の地車囃子の大多数がこの流儀を継承しています。これは、天神祭での露出度などが影響したと考えられます。特徴は、最初からアップテンポで力強い演奏。最終楽章のしゃんぎりでは相当な速度になりますが、最後はスローテンポで終わります。「うた」に新しい曲を取り入れることも特徴です。踊りは「龍踊り」と呼ばれ、指を龍の爪に見立てるなど革新的で、女性も踊りに加わる点もかつては画期的でした。曳行の制約から解放された爆走モードの演奏スタイルともいえます。

- キタ（長柄流）: 古いスタイルを継承する少数派の流派です。一力は曳行速度を意識し、比較的ゆっくりしたテンポで始まります。最終楽章のしゃんぎりでテンポを上げ、そのままアップテンポで終わります。踊りは「地車踊り」（狸踊り、狐踊りとも）と呼ばれ、「運をつく」という縁起担ぎが基本とされます。親太鼓の奏者には派手なバチ回しを行う者もおり、このスタイルは「ヒガシ」流派にも影響を与えました。子太鼓に竹製の細く平たいバチを用いるのも特徴です。

- ニシ: 福島地区に起源を持ちます。「ヒガシ」や「キタ」と異なり、「二力」と「うた」の間に「チキチキチン」という特徴的なフレーズが入ります。これは掛け声ごとに挿入されるスタイルです。「まがりと」がロングバージョンだったり、独自の曲を持つ地域もあります。北河内など、地車を持つ地域にもこの流派が継承され、独自の要素が加味されている例が見られます。「しころ囃子」という曲があり、「ヒガシ」「キタ」に比べて意識的に叩く部分が長い構成です。

これらの流派はそれぞれ独自の伝統を守り、中には新しい要素を取り入れているところもあり、優劣をつけることはできません。多様なスタイルが共存し、大阪の祭りを彩っています。

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