墓の落とし子

墓の落とし子

クラーク・アシュトン・スミスが著した短編ホラー小説『墓の落とし子』（原題：The Tomb Spawn）は、1934年5月発行の幻想小説誌『ウィアード・テイルズ』に掲載された作品です。スミスによる未来世界ゾティークを舞台とする一連の物語の一つであり、彗星に乗って宇宙から飛来した異形の魔物ニオス・コルガイを主要な題材としています。

クトゥルフ神話との繋がり

本作は、作者スミス自身がラヴクラフトのクトゥルフ神話体系を意識して書いたものではありませんでした。しかし、作中に登場するニオス・コルガイというコズミック・ホラー的な存在が、黎明期のクトゥルフ神話における「辞典編纂者」たち、特にフランシス・T・レイニーやリン・カーターによって、彼らの設定集や神話体系の中に組み込まれたことで、後世においてクトゥルフ神話関連作品として広く認知されるようになりました。

ニオス・コルガイの神話体系内での位置づけについては、編纂者間で解釈の違いが見られます。レイニーの『クトゥルー神話用語集』では旧支配者かつ四大霊の「地」の精霊とされ、カーターの『クトゥルー神話の神神』では遥か未来に地球へ到来する「地球本来の神々」とされています。一方、ダニエル・ハームズは自身の『エンサイクロペディア・クトゥルフ』にて、これらの解釈を批判的に捉え、ニオス・コルガイは神格ではなくあくまで怪物（クリーチャー）として扱うべきだと述べています。このように、『墓の落とし子』がクトゥルフ神話に取り込まれた経緯とその解釈は、神話体系が構築されていく過程における興味深い事例と言えます。

あらすじ

物語は、遠い過去、強大な魔術師であり王でもあったオッサルが、暗黒神タサイドンの力を借りてゾティーク大陸の半分を支配した時代から始まります。晩年、オッサル王は宇宙より飛来した魔物ニオス・コルガイを宮殿の地下に住まわせ、その異次元の知恵を借りるようになりました。しかし、魔物はやがて原因不明の病に冒され、王の強力な魔術をもってしてもその命を救うことはできませんでした。ニオス・コルガイが死を迎えると、王はその亡骸を魔法の二重の円陣で厳重に囲み、地下室を封鎖します。

さらに時が過ぎ、オッサル王が崩御すると、そのミイラは魔物の遺体と共に、厳重な魔法円で守られた地下室に葬られました。王が遺した強固な魔法の力は、数千年もの間、両者の遺体を外部のあらゆる干渉から守り続け、墓所の存在はやがて伝説となり、その場所は人々の記憶から失われていきました。かつてオッサル王に仕えた魔道士ナミッラは、いつの日か旅人が偶然この墓所を見つけ、予期せぬ形で地下に降り立ち、そこで異様な光景を目にすることになるだろうと予言していました。

物語の現在は、ゾティーク大陸の砂漠の街ファラードの酒場で、語り部がオッサル王と彼の墓所の伝説を旅人たちに語り聞かせるところから始まります。伝説に耳を傾けていた宝石商の兄弟、兄ミラブと弟マラバクは、隊商に加わって北方の故郷へと帰る旅に出ます。しかし、彼らを乗せた隊商は、砂漠を徘徊する半獣人の種族ゴリーの群れに襲われ、壊滅状態となります。辛くもその難を逃れた兄弟は、必死に逃げ惑ううちに、偶然にも古代の遺跡へと迷い込みました。

遺跡の地面に開いた穴から異様な物音を聞いた兄弟は、好奇心と恐怖に駆られながらも、ロープを使って地下へと降りていきます。暗い地下室で彼らが遭遇したのは、コウイカのような尖った口を持つ異形の頭部と、人間の老人の頭部という、二つの頭を持つおぞましい混合生物でした。それは、遠い過去に魔法円の中で共に葬られたオッサル王とニオス・コルガイの遺体が、数千年を経て融合・変質した成れの果てだったのです。酒場で聞いた伝説などすっかり頭から抜け落ちていた兄弟は、正体不明の怪物に遭遇した強烈な恐怖から、我を忘れて逃げ出します。しかし、彼らが魔法円の境界線を内側から越えようとした瞬間、オッサル王が仕掛けた魔法の力が発動し、二人の身体は見る間に溶解して消滅してしまいます。

兄弟を追撃していた怪物もまた、彼らと同じく魔法円の境界線に触れてしまいます。それはかつてニオス・コルガイ自身が封印のために張った魔法の力でした。自らの創造した力によって、怪物の身体もまた崩壊し、跡形もなく消え去りました。やがて、逃げた兄弟を追ってきたゴリーたちが遺跡の穴倉にたどり着き、中を覗き込み、鼻を킁킁させますが、魔法によって全てが消滅した跡には、彼らの嗅覚を刺激するような何も残っておらず、ゴリーたちは戸惑いながらもその場を立ち去るのでした。

作品の位置づけ

ナイトランド叢書版に収録された際の安田均氏による解説では、本作は「いかにも『ウィアード・テールズ』風」でありながら「何かクトゥルフ風」な雰囲気を持ち合わせていると評されています。同様にグロテスクな描写を持つ他の作品と比較しつつ、「グロテスクさではこれ」と述べ、題名も内容をよく表していると指摘されています。二重の魔法円といった要素も、作家スミスの創造力が遺憾なく発揮された部分として言及されています。

主な登場人物・用語

• - オッサル: ゾティーク大陸の一部を支配した魔術王。ニオス・コルガイを地下に住まわせた。
• - ニオス・コルガイ: 宇宙から飛来し、オッサル王に仕えた異形の魔物。
• - ナミッラ: オッサル王の墓所の未来を予言した魔道士。
• - ミラブ: ウスタイム出身の宝石商。兄弟の兄。
• - マラバク: ウスタイム出身の宝石商。兄弟の弟。
• - 語り部: ファラードの酒場でオッサル王の伝説を語る人物。
• - ゴリー: 食屍鬼やジャッカルに似た半獣人種族。腐肉や人間を喰らう。
• - 怪物: オッサルとニオス・コルガイが融合した異形。二つの頭を持つ。

収録情報（一部）

• - 『ゾティーク幻妖怪異譚』（創元推理文庫、大瀧啓裕訳） - 「墓の落とし子」として収録。
• - 『魔術師の帝国1 ゾシーク篇』（ナイトランド叢書、安田均訳） - 「忘却の墳墓」として収録（※訳題が異なります）。

本作は、スミス独自の奇想と、後にクトゥルフ神話に取り込まれることになる異様な存在の描写が見事に融合した作品であり、ゾティーク世界の退廃的かつグロテスクな魅力をよく示しています。

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