墳丘の怪

『墳丘の怪』：中西部の地底に潜む深淵の恐怖

ゼリア・ビショップによるクトゥルフ神話短編小説『墳丘の怪』（原題：The Mound）は、H・P・ラヴクラフトの深い関与によって生まれた異色の作品です。ラヴクラフトによる大幅な加筆修正が施されたため、両者の合作と見なされることも少なくありません。1930年に執筆されながらも長らく日の目を見ることなく、ラヴクラフト没後の1940年に『ウィアード・テイルズ』誌上で発表されました。

舞台となるのは、アメリカ中西部、オクラホマ州です。ビショップの出身地であるミズーリ州に近いこの地域は、彼女が描く怪異の舞台として重要な役割を果たしています。東雅夫氏は、この作品とビショップのもう一つのクトゥルフ神話作品『イグの呪い』について、「中西部の風土に根差した恐怖の追求」と評し、他のクトゥルフ神話作品にはない独特の雰囲気を強調しています。物語の過去パートは、コロンブスによる新大陸発見後数十年、ヨーロッパ人がアメリカ大陸へ進出し始めた時代を描いています。

物語の中心となるのは、アメリカ先住民の築いた墳丘です。ビショップの当初の構想は、墳丘を舞台にした幽霊譚だったそうですが、ラヴクラフトの加筆によって、墳丘の地下に広がる巨大な地底世界クン＝ヤン（Xinaianの再音訳）の物語へと変貌を遂げました。ラヴクラフト自身、旅行中に体験した洞窟探検が、この作品の設定に影響を与えたと言われています。

クン＝ヤンは、現生人類とは異なる種族が築いた地底世界です。彼らクン＝ヤン人は、沈んだ大陸から移住してきたとされており、その起源は宇宙にまで遡るという壮大な設定がなされています。この設定は、ラヴクラフト作品におけるムー大陸やレムリア大陸といった失われた大陸の伝説、そしてクトゥルフ、イグ、シュブ＝ニグラスといった共通の神々との繋がりを示唆しています。さらに興味深いのは、クトゥルフ崇拝者の視点からの描写も含まれている点です。

この作品は、旧支配者ツァトゥグァに関する重要な情報源でもあります。ツァトゥグァはクラーク・アシュトン・スミスによって創造された神性ですが、『墳丘の怪』におけるツァトゥグァの描写は、スミスとラヴクラフトの複雑な関係性と、両者の作品発表の順番の食い違いを如実に示しています。スミスがツァトゥグァを登場させた作品『サタムプラ・ゼイロスの物語』の原稿をラヴクラフトに見せた後、ラヴクラフトが『墳丘の怪』と『闇に囁くもの』を執筆・発表したことで、結果的にラヴクラフトが先にツァトゥグァを発表したという経緯があります。そのため、『墳丘の怪』におけるツァトゥグァの印象は、スミスによるものとは若干異なるものとなっています。

1928年の夏、考古学者である物語の語り手は、昼には老人の幽霊、夜には首のない女性の幽霊が出ると噂されるオクラホマの墳丘を調査します。地元住民やインディアンの間では、墳丘に近付いた者は行方不明になったり、正気を失って帰ってくるという恐ろしい噂が流れていました。調査の過程で、語り手は400年前のスペイン人探検家パンフィロ・デ・サマコナの日記を発見します。

サマコナの日記は、彼自身の地下世界クン＝ヤン探検の記録です。インディアンの案内で地下都市ツァスにたどり着いたサマコナは、貴重な外部からの情報源としてクン＝ヤンの人々にもてなされますが、二度と地上へ帰ることを許されません。クン＝ヤンでの4年間の生活、そして絶望的な脱出劇、そしてクン＝ヤン人の超能力、非物質化のスキルを身につけるサマコナの姿が描かれます。

日記を読み終えた語り手は、最初は虚構と考えていましたが、後に墳丘の地下で発見した物証から、日記の内容の信憑性を確信します。そこで目撃したクン＝ヤン人との遭遇、そして命からがら脱出する様子は、読者に強烈な恐怖を与えます。

クン＝ヤンの人々は、テレパシーでコミュニケーションを取り、肉体の非物質化を自在に操り、老化もしない不思議な能力を持っています。インディアンに似た外見を持ちながら、宇宙起源の種族であるという設定も、独特の異質感を醸し出しています。クン＝ヤン社会は、合理性によって支配されながらも、ある種の倦怠感と地上世界への恐怖を抱いているという複雑な姿が描かれています。また、支配階級と奴隷階級の二分化、そして死体奴隷イム＝ブヒの存在なども、クン＝ヤンの恐ろしい一面を浮き彫りにしています。

さらに、クン＝ヤンには特殊な金属が存在し、その金属でできた護符や容器が物語に重要な役割を果たしています。この金属は、クン＝ヤンの神々、大いなるトゥルーと蛇神イグが宇宙から持ち込んだと伝えられています。

『墳丘の怪』は、ラヴクラフトのコズミック・ホラーを踏まえながらも、ビショップ独自の視点と中西部の風土が融合した、他に類を見ない異質な作品です。クトゥルフ神話の世界観を深く理解した上で、中西部の辺境地帯に潜む、より土着的な恐怖を描写した傑作と言えるでしょう。後続作品『闇に囁くもの』や他のクトゥルフ神話作品との関連性にも注目して読むことで、さらに深い理解が得られるでしょう。

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