壬申戸籍

壬申戸籍：近代日本の人口調査と戸籍制度の黎明期

明治維新後、近代国家建設を進める日本政府は、国民の実態把握を目的とした全国規模の戸籍調査を実施する必要性に迫られました。その結果生まれたのが、明治5年（1872年）に編製された「壬申戸籍」です。編製年の干支である「壬申」からこの名が付けられました。

江戸時代からの変遷と画期的な試み

それまでの日本では、江戸時代の宗門人別改帳が人口調査の役割を果たしていました。しかし、壬申戸籍は宗門人別改帳と大きく異なり、皇族から平民まで、戸を単位として全国一律の基準で集計された点が画期的でした。江戸幕府による国別人口調査とは異なり、全国統一の基準で調査を実施したため、より正確な人口把握を目指したと言えるでしょう。この調査によって、当時の日本の人口は約3311万人と推計されました。

壬申戸籍の不備と人口統計への影響

しかし、壬申戸籍は完璧なものではありませんでした。1871年（明治4年）の戸籍法自体に不備が多く、印鑑証明や地券など、多様な機能を盛り込んだ複雑な法令であったことが、その正確性に影響を与えました。記載様式も統一されておらず、地方によって差が生じ、転出・転入の届け出がない移動も多数あったため、地域別人口のずれが年々拡大していきました。壬申戸籍は役所の戸籍簿を集計したもので、直接の人口調査に基づいていないため、脱漏も無視できない数に上りました。そのため、明治6年から大正8年にかけての人口統計は、壬申戸籍を基準に増減を算出したものであり、その正確性には限界がありました。1872年の総人口は3480万人とする推計値もありますが、これも議論の余地が残されています。

身分と職業の記載

壬申戸籍には、皇族、華族、士族、卒族、地士（讃岐の郷士のみ）、旧神官、僧、尼、平民といった身分がそれぞれ別個に集計されました。被差別部落民は、賎民解放令に基づいて平民として編入されましたが、一部地域では「新平民」や「元穢多」、「元非人」といった記載も見られました。職業についても記載されており、華族・士族は禄高、平民は農工商雑といった業種が記録されました。宗門人別の性質を一部残す形で、寺や氏神についても記載されていました。また、妾も二等親として記載され、使用人や家来も養育者と共に記載されるなど、現代の戸籍とは異なる制度が反映されていました。

戸籍の管理と変更

明治11年までは戸長が、郡村制施行後は役場が壬申戸籍を管理していました。1886年（明治19年）には、壬申式から統一書式へと変更され、徐々に移行していきました。1898年（明治31年）には戸籍法でこの様式が改製原戸籍とされ、保存期間後は廃棄処分とされましたが、一部自治体では閲覧に供していました。

情報公開と人権問題

1968年（昭和43年）には、被差別部落民か否かを調べるために壬申戸籍を用いようとした事件が発覚し、閲覧が禁止されました。現在、壬申戸籍は行政文書非該当として扱われ、各地方の法務局で厳重に保管されており、閲覧は不可能です。学術研究目的での公開を求める声もありますが、人権侵害のおそれがあるため、公開には慎重な対応が求められています。情報公開請求の事例も存在しますが、いずれも却下されています。近年には、インターネットオークションへの出品事例もありましたが、これは削除され、回収されました。

結論

壬申戸籍は、近代日本の戸籍制度の出発点であり、貴重な歴史資料です。しかし、その作成過程や内容には様々な問題点が含まれており、その活用には慎重な配慮が必要不可欠です。情報公開と人権保護のバランスを考慮した上で、歴史研究や社会教育に活用していくことが重要です。 この資料は、日本の近代化過程における社会構造や人口動態、そして被差別部落問題といった複雑な課題を理解する上で重要な役割を果たします。今後の研究においても、これらの課題を踏まえつつ、壬申戸籍の持つ歴史的価値を適切に評価していくことが求められます。

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