多田行綱

多田行綱：栄光と挫折の生涯

多田行綱は、平安時代末期を駆け抜けた武将です。摂津源氏の一族、多田源氏の棟梁・多田頼盛の嫡男として生まれ、従五位下・伯耆守に叙せられました。源満仲から数えて八代目の嫡流であり、多田の地を拠点に勢力を築いた名門の出身です。

摂関家から後白河院へ

若き日の行綱は、藤原忠通に仕え、侍所の勾当として摂関家に仕えました。しかし、その後、後白河院の北面武士となり、その立場は大きく変化します。安元3年（1177年）、後白河院の周辺で起こった鹿ケ谷の陰謀では、反平家勢力の中心人物として期待されました。しかし、平家の強大な力と、院近臣たちの不穏な動きを見て、計画の危険性を察知。平清盛に密告したと伝えられています。この密告の真偽は定かではありませんが、結果として多くの関係者が処罰されました。史料によっては、行綱自身も陰謀に加担したとして安芸国に流刑になったと記されていますが、その記述の信憑性については異論もあります。

源義仲との協調と対立

治承・寿永の乱では、当初は平氏に属していたとされますが、寿永2年（1183年）、木曽義仲の挙兵に呼応して摂津・河内国で反旗を翻しました。行綱勢力は河尻で平家の船を封鎖し、京都への物資輸送を遮断。義仲、安田義定、足利義清、源行家らと共に京都を包囲し、平氏の都落ちを促す役割を果たしました。この際、地元の在地勢力も協力したと『玉葉』には記されています。さらに、同日に太田頼資が河尻で平家の糧米を奪い、民家にも放火するなど、平氏への打撃は甚大でした。平氏の都落ち後には、朝廷から平家追討の中止を命じる御教書を受け取っています。

義仲入京後の行綱の動向は不明ですが、後白河院と義仲の関係が悪化すると、行綱は院側に加担します。法住寺合戦では、嫡男と共に院御所の防衛に奮戦しますが、義仲軍の猛攻の前に敗れ、多田荘の城内に籠城して抵抗を続けました。

源頼朝との関係と最期

義仲の敗死後、行綱は源頼朝に味方し、寿永3年（1184年）の一ノ谷の戦いでは源義経軍の一翼を担い活躍しました。『玉葉』には、行綱が山側から攻め、いち早く山手を制圧したと記されています。しかし、『吾妻鏡』には行綱の活躍が記されておらず、これは後に頼朝によって追放されたことと関係があると考えられています。近年では、古文書の検証から、行綱が一ノ谷の戦い以前に摂津国惣追捕使に任じられていたことが明らかになり、摂津国内の武士を動員できる有力な立場にあったとする説も出ています。

平氏滅亡後の元暦2年（1185年）6月、行綱は頼朝によって多田荘の所領を没収され、追放されました。その理由は、義経との深いつながりや、頼朝が先祖である源満仲以来の拠点である多田荘を掌握しようとしたことなどが考えられます。追放後も、頼朝と対立した義経を河尻で迎え撃ちましたが、処分は解かれず、その後消息は途絶えています。

「鵯越の逆落とし」と行綱

源義経の武勇を伝える「鵯越の逆落とし」ですが、その場所や実在性については諸説あります。しかし、『玉葉』や『愚管抄』が義経が「一ノ谷」を攻撃したと記していること、そして鵯越が一ノ谷から東に約8kmの位置にあることから、山側から攻めたとされる行綱の軍が別働隊として攻撃し、その功績が義経のものとして伝えられたという説もあります。戦後の義経の報告や、行綱の追放・没落によってその功績が忘れられたことが、その原因と考えられています。

行綱のその後と伝承

行綱の追放後、多田荘は摂津国惣追捕使の大内惟義に預けられました。行綱に従った者を除き、荘内の武士は多田院御家人として再編されました。行綱の消息は不明ですが、九州天草地方に落ち延びたという伝承があり、墓なども残されています。また、丹波篠山市今田町には、一ノ谷の戦いで義経軍を案内したという伝承を持つ「タダ越峠」が存在します。さらに、兵庫県宝塚市の中山寺には、行綱の妻の不信心を戒めたという伝説に基づく「鐘の緒」と呼ばれる腹帯があります。

多田行綱の生涯は、栄光と挫折、謎と伝説が入り混じった、波乱に満ちたものでした。歴史の表舞台から消えた後も、様々な形で人々の記憶に残り続けています。

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