大塚信一

大塚信一氏は、1939年生まれの日本の編集者であり実業家です。岩波書店の元社長として知られています。聖学院高校を経て、国際基督教大学教養学部を卒業後、1963年に岩波書店に入社しました。

入社後は「思想」編集部でキャリアをスタートさせ、その後、岩波新書（青版・黄版）、「岩波現代選書」、「叢書・文化の現在」、「講座・宗教と科学」、「新講座・哲学」など、数々の重要なシリーズ、講座、著作集の企画・編集に携わりました。これらの企画は、人文科学、社会科学の分野において、深い洞察と知的な刺激を提供するものとして、広く読者に受け入れられました。

大塚氏の編集者としての才能は、単に書籍を世に送り出すだけでなく、時代を代表する思想家や研究者たちとの深い交流を通して、新たな知の創造を促す点にありました。彼は、河合隼雄、中村雄二郎、山口昌男らと研究会「都市の会」に参加し、1984年に創刊された季刊誌「へるめす」では編集長を務めました。この雑誌では、「文学部唯野教授」（筒井康隆）のような独創的な作品を紹介し、文学、思想、文化の領域に新たな風を吹き込みました。

1990年には編集担当取締役に就任し、1996年には代表専務取締役（社長代行）に昇進。そして1997年から2003年まで、岩波書店の代表取締役社長を務めました。社長在任中は、出版業界が大きな変革期を迎える中、岩波書店の伝統を守りつつ、新たな出版の可能性を追求しました。彼の後任には山口昭男氏が就任しています。

大塚氏は、編集者としての活動に加えて、多数の著書も発表しています。これらの著書では、編集者としての経験を踏まえ、出版、文化、思想など、幅広いテーマについて考察を展開しています。『理想の出版を求めて 一編集者の回想 1963-2003』（2006年）、『山口昌男の手紙 文化人類学者と編集者の四十年』（2007年）、『哲学者・中村雄二郎の仕事 〈道化的モラリスト〉の生き方と冒険』（2008年）、『河合隼雄 心理療法家の誕生』（2009年）、『河合隼雄 物語を生きる』（2010年）などがあります。これらの著作は、出版業界の内幕や、著名な知識人たちの知的な軌跡を深く理解するための貴重な資料となっています。

また、『火の神話学　ロウソクから核の火まで』（2011年）、『顔を考える 生命形態学からアートまで』（2013年）のように、文化人類学や美術史といった分野にも積極的に関与しています。『松下圭一　日本を変える 市民自治と分権の思想』（2014年）、『宇沢弘文のメッセージ』（2015年）では、現代社会における重要な課題にも目を向けています。

さらに、『反抗と祈りの日本画 中村正義の世界』（2017年）、『長谷川利行の絵　芸術家と時代』（2020年）では、美術の世界に独自の視点を提示し、『哲学者・木田元　編集者が見た稀有な軌跡』（2021年）、『津田青楓　近代日本を生き抜いた画家』（2023年）では、哲学や美術における人物の生涯を丹念に追っています。カン・マルクシルとの共著『本の森をともに育てたい　日韓出版人の往復通信』（2021年）では、国際的な視点から出版のあり方を論じています。

近年では、聞き手・堀切和雅による『岩波書店の時代から』（2024年）で、自身のキャリアを振り返り、出版業界の変遷と自身の編集者としての哲学について語っています。

大塚信一氏は、編集者、実業家、著述家として、日本の出版文化に多大な足跡を残しました。その幅広い知識と深い洞察力は、多くの読者に影響を与え続けています。

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