大木正夫

大木正夫：激動の時代を生きた作曲家

大木正夫（1901-1971）は、20世紀日本の音楽史に重要な足跡を残した作曲家である。静岡県に生まれ、幼少期から尺八を学ぶなど音楽に親しんだ彼は、大阪高等工業学校を卒業後、しばらくは一般企業に勤務するも、やがて教職に就き、その後上京して作曲の道を歩む。師事した作曲家はいたものの、主に独学で作曲技法を習得したという点も特筆すべきだろう。

彼のキャリアは、帝国音楽学校作曲科主任教授、作曲家連盟委員、音楽文化協会常任理事、日本現代音楽協会委員など、要職を歴任した事実からもわかるように、日本の音楽界において重要な役割を果たしたことを示している。国際的な交流にも意欲的で、1962年にはソビエト連邦作曲家同盟の招きにより訪ソ経験もある。

戦前の大木正夫の作品は、民族的、ロマン主義的な傾向が顕著であった。『5つのお話』や『夜の思想』といった代表作は、高い評価を受け、ワインガルトナー賞優等賞を受賞するなど、早くから才能を開花させた。戦時中は、政府の要請により満州国に渡り、朝比奈隆と共に活動。交響詩『蒙古』は、新京交響楽団で繰り返し演奏されるなど、その存在感を示した。

しかし、戦後の大木正夫は、戦時中の自身の行動を深く反省。信州の浅間温泉に十数年滞在し、宗教的な救済を求める中で、1948年には『古代彫刻に寄せる6つの前奏曲と終曲』を発表した。この作品には、激しい自己批判と内省が反映されていると解釈できるだろう。

戦後、楽壇からはある程度距離を置きつつも、彼は創作活動を続けた。特に、彼の左派的な政治的立場を反映した反戦的な作品群は注目に値する。交響曲第5番『ヒロシマ』、カンタータ『人間をかえせ』、男声合唱曲『わだつみのこえ』、交響曲第6番『ベトナム』など、これらの作品は、戦争の悲惨さを訴え、平和への希求を力強く表現している。

音楽評論家からの評価も高く、早坂文雄は1942年に大木正夫を詳細に論じた評論を発表している。その後、富樫康は早坂の評論を踏まえつつ、大木正夫の音楽について、情熱的で主観的な表現、理想主義とロマン主義に裏打ちされた悲壮感、初期作品における夢のような音化、そして後期の作品に見られる日本の古典や神話からの着想、ネオクラシックへの傾倒などを的確に指摘している。

大木正夫の音楽は、多様な様式と、激動の時代を反映した深い思想性を併せ持つ。彼の作品群は、20世紀日本の音楽史における重要な一角を担っており、今後も研究と再評価が続けられていくであろう。また、彼の妻である大木英子も作曲家であり、夫婦で音楽の道を歩んだことも興味深い点である。

さらに、映画音楽においても多くの作品を手掛け、東宝、大映、日活など主要な映画会社作品に携わっている。小林一茶や芭蕉の生涯を描いた作品をはじめ、戦後にはGHQにより公開禁止された原爆の記録映画『ひろしま』の音楽も担当するなど、その活動範囲は多岐に渡った。

作曲活動以外では、『作曲法とその実際』、『みんなの作曲法』、『われらの音楽』、『うたごえは爆音を圧す - 音楽家のベトナム報告』など、音楽教育や音楽評論にも携わるなど、多方面で活躍した。これらの著作は、彼の音楽思想や作曲家としての姿勢を知る上で貴重な資料となるだろう。

大木正夫の生涯と作品は、激動の時代を生きた一人の作曲家の苦悩と創造、そして平和への強い願いを物語っている。彼の音楽は、現代においても、私たちに深い感動と示唆を与え続けるだろう。

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