大石順教

大石順教（おおいし じゅんきょう）は、明治から昭和にかけて生きた日本の女性です。もとは大阪堀江で名を馳せた芸妓「妻吉」であり、後に真言宗の尼僧として障害者福祉や仏道の道を進んだ人物として知られています。本名は一般に米子とされることが多いですが、自らの『歌日記』には「よね」と記されており、その生い立ちについても資料によって一部異なる記述が見られます。彼女は1888年3月14日に大阪市に生まれ、1968年4月21日、81年の生涯を終えました。

大阪・道頓堀近くの寿司店に生まれた彼女は、早くに養子に出されました。幼い頃から舞踊の才能を示し、山村流を学び1899年には名取の資格を得ます。1901年、堀江の貸座敷「山梅楼」にて芸妓「妻吉」として歩み始め、養父となった山梅楼主人、中川萬次郎のもとでその技芸を磨きました。しかし、1905年に彼女の人生は暗転します。養父が内縁の妻への疑心から引き起こした「堀江六人斬り事件」に巻き込まれ、妻吉は両腕を切断するという凄惨な傷を負いながらも、奇跡的に一命をとり留めたのです。

両腕を失った妻吉ですが、芸の道を諦めませんでした。舞踊は不可能となったものの、地方（じかた、三味線などで演奏する役割）へと転向し、長唄や地歌の演奏で人々を魅了しました。やがて二代目三遊亭金馬の一座に加わり、「松川家妻吉」の名で旅の巡業を開始します。各地を巡る中、仙台の旅館でカナリアが嘴で雛に餌を与える光景を目にし、深い感銘を受けた彼女は、口を使って筆を操り、字や絵を描く技術を独習し始めました。

心身ともに多くの苦難を経験した妻吉は、尼僧となることを考え、高僧・藤村叡運に相談します。しかし、「まず人の妻、人の母になってから」という助言を受け、一度はその道を断念。1912年に日本書画家である山口草平と結婚し、同年に長男、1917年には長女を授かるなど、家庭を築くこととなります。しかし、夫の不倫により1927年に協議離婚。二人の子供を抱え、身体障害者としての自らの経験を活かし、同じ境遇の人々の相談に応じ始めました。

離婚後、東京・渋谷で更紗絵を描くことで生計を立てた後、再び尼僧への道を志します。1931年には大阪の高安に庵を結び、恵まれない婦女子のための収容施設を設け、教育活動を行いました。熱心な支援者である萱野正之助・タツ夫妻の後押しもあり、高野山金剛峯寺で得度を果たし、「順教」という法名を授かります（1933年）。以来、仏道の修行に励む傍ら、1936年には京都・山科の勧修寺に移り住み、身体障害者のための相談所「自在会」を設立。自らの経験に基づき、同じ障害を持つ人々の自立を支援する福祉活動に心血を注ぎました。

尼僧となった後も、口筆による書画制作は続けられました。その芸術性は高く評価され、1955年には口筆写経が日展に入選するという栄誉に輝いています。晩年まで筆（嘴）を離さず、書画を通して多くの人々に勇気と感動を与え続けました。1951年には、活動の拠点として塔頭寺院である佛光院を建立しています。

1968年4月21日、大石順教は心筋梗塞のため、自身が建立した佛光院で入滅しました。81歳でした。彼女は生前から遺体を医学のために献体することを希望しており、その意思は没後に実行されました。また、彼女に師事した大塚全教は、その遺志を継ぎ、障害者自立支援施設「この花会」を運営するなど、順教の活動は後世にも引き継がれています。波乱に満ちた生涯の中で、人間的な尊厳と可能性を示し、多くの弱き人々を支え続けた大石順教の功績は大きいと言えるでしょう。

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