大統領内閣

ヴァイマル共和政下の大統領内閣：議会制民主主義の終焉とヒトラーへの道

1930年から1933年にかけてのヴァイマル共和政下のドイツにおいて、大統領の信任のみに依拠する「大統領内閣」が成立しました。これは、議会（国会）の同意を得ないまま首相が任命されるという、議会制民主主義の原則を逸脱した政治形態です。この期間、ハインリヒ・ブリューニング、フランツ・フォン・パーペン、クルト・フォン・シュライヒャーの3人が相次いで首相に就任し、それぞれ大統領内閣を率いました。これらの内閣の成立と崩壊は、ヴァイマル共和政の終焉と、アドルフ・ヒトラーによるナチス政権の成立へと繋がる重要な過程でした。

ヴァイマル憲法と大統領権限

ヴァイマル憲法第48条は、大統領に緊急事態において、議会を介さずに緊急措置を講じる権限を与えていました。この条項は、本来、国家の危機的な状況下での例外的な措置として想定されていましたが、大統領内閣の成立においては、議会を無視した政治運営を可能にする根拠として利用されました。

ヘルマン・ミュラー内閣の崩壊とブリューニング内閣の成立

1928年の選挙後、ヘルマン・ミュラー率いる大連立内閣が成立しましたが、世界恐慌の影響や政策上の対立により1930年3月に崩壊しました。パウル・フォン・ヒンデンブルク大統領は、議会での多数派を確保できないにもかかわらず、ハインリヒ・ブリューニングを首相に任命し、大統領内閣を樹立しました。ブリューニング内閣は、議会を無視して大統領緊急令を頻繁に発動し、政策を実行せざるを得ない状況に陥りました。

ブリューニング内閣の苦境とナチスの台頭

ブリューニング内閣は、財政改革やナチスの準軍事組織の禁止など、様々な政策に取り組みましたが、議会からの強い反発を受けました。ナチス党は、この時期に急速に勢力を拡大し、1932年の選挙では第一党となりました。ブリューニングはナチスの台頭を阻止しようとするも、議会運営の行き詰まりと、ヒンデンブルク大統領の右傾化により、1932年5月に解任されました。

パーペン内閣とプロイセンクーデター

ブリューニングの後任として首相となったフランツ・フォン・パーペンも、議会との協調を図ることはできず、国会を解散し、プロイセン州でクーデターを行いました。しかし、1932年7月の選挙では、ナチス党がさらに議席を増やし、議会運営はますます困難なものとなりました。

シュライヒャー内閣とヒトラーの首相就任

パーペンの後を継いだクルト・フォン・シュライヒャーは、ナチスの分断工作などを試みましたが、成功せず、1933年1月に辞任しました。そして、ついにヒンデンブルク大統領は、アドルフ・ヒトラーを首相に任命しました。これは、大統領内閣の終焉であり、同時にヴァイマル共和政の終焉と、ナチス・ドイツの始まりを意味していました。

大統領内閣の評価：議会制民主主義の失敗と全体主義への道

大統領内閣は、ヴァイマル共和政における議会制民主主義の限界と、大統領権限の拡大がもたらした結果です。議会での多数派を確保できないまま、大統領が権力を掌握したことが、ナチスによる全体主義政権の成立を招いたという見解が一般的です。この経験は、民主主義の脆弱性と、権力の濫用がいかに危険であるかを示す歴史的な教訓となっています。様々な歴史家の見解を踏まえることで、この時代が持つ複雑さと重要性をより深く理解することができます。

参考文献

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Schulz, Gerhard (1992). Ehrlich, Ernst L. ed. Von Brüning zu Hitler: Der Wandel des politischen Systems in Deutschland 1930–1933. Berlin and Boston: De Gruyter.
Vespignani, Enzo (1976). Faschismus. Berlin: Elefanten Press.
* Winkler, Heinrich August (1993). Weimar 1918-1933. Die Geschichte der ersten deutschen Demokratie. Munich: C.H. Beck.

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