大阪商大事件

大阪商大事件：戦時下の自由と弾圧の狭間で

1943年から1945年初頭にかけて、大阪商科大学（現大阪市立大学）で発生した大阪商大事件は、太平洋戦争下の暗部を鮮やかに浮かび上がらせる出来事である。数十名に及ぶ教員、卒業生、学生が治安維持法違反容疑で特別高等警察に検挙され、投獄されたこの事件は、戦時体制下における思想弾圧の恐ろしさを改めて認識させる。

自由な学風の温床とマルクス経済学研究

事件の背景には、大阪商大における自由な学風が挙げられる。特に、河田嗣郎学長のもと、リベラルな学風が醸成されていた。日中戦争勃発後の1937年以降も、マルクス経済学の研究会は盛んに活動していた。これは、1937年から1941年にかけて大阪商大で行われた岩波書店版『経済学辞典』の編集に多くのマルクス経済学者らが参加した事実とも無関係ではない。この辞典の編纂は、当時としては異例なほど自由な学問研究の許容を示唆していると言えるだろう。

さらに、1941年には進歩的な予科講師であった立野保男の退職処分に反対する運動が発生した。この運動は、大学当局と学生、教員間の対立を鮮明に示すとともに、学内における自由な言論と民主的な議論の重要性を改めて問う契機となった。この運動を端緒として、「帝国主義戦争に反対し、マルクス経済学を研究する」ことを目的とした非公然の「文化研究会」が、上林貞治郎教授ら教員と学生の手によって設立された。この研究会は、「工業研究会」「国際研究会」といった公然の研究会とも連携し、数十名もの学生を組織するまでに発展した。

検挙と弾圧：連鎖する逮捕劇

1943年3月15日、大阪の「貿易研究所」関係者5名（うち4名が大阪商大卒業生）の検挙を皮切りに、事件は一気に動き出す。満鉄調査部事件との関連で名和統一教授が検挙されたことも、事態を加速させた要因の一つと考えられる。これらの検挙劇を通じて、警察は大阪商大における非公然研究会の存在をついに察知した。

その後、名和教授のグループに関与していた卒業生3名、非公然研究会に参加していた上林教授と学生32名、商大経済研究所嘱託の坂井豊一、そして既に東北帝国大学に転じていた立野保男が、同年3月30日から11月にかけて治安維持法違反容疑で次々と検挙された。12月には約40名の学生が短期拘留されたり、取り調べを受けたりするなど、事件は大学全体を巻き込む大規模なものに発展した。1945年1月にはさらに2名が検挙されている。

犠牲と解放：獄中での苦難

検挙された約50名中、約30名が起訴され、3名に実刑判決が下された。一部は執行猶予で釈放されたものの、起訴されなかった者も未決囚として拘置所や刑務所に留め置かれた。獄中生活は過酷を極め、拷問や栄養失調により3名が獄死、数名が精神に異常をきたすなど、多くの犠牲者が出た。これらの犠牲者は、戦時下の弾圧の残酷さを物語っている。被検挙者たちは、1945年10月のGHQ/SCAPによる政治犯釈放指令を待つまで、自由を奪われたままだった。

事件の意義：戦後への示唆

大阪商大事件は、戦時下における思想弾圧の現実を改めて示す象徴的な事件である。自由な学問研究と民主的な議論の重要性を再確認するとともに、戦争と権力による弾圧の恐ろしさを後世に伝える、重要な歴史的教訓となっている。この事件を学ぶことは、現代社会においても自由と人権を守るために何をすべきかを考える上で、欠かせないものとなるだろう。

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