満鉄調査部事件

満鉄調査部事件は、第二次世界大戦中に南満洲鉄道（満鉄）調査部の職員が、関東軍憲兵隊によって二度にわたり検挙された事件です。この事件は、満鉄内部における思想統制と弾圧の実態を示すものとして、歴史的に重要な意味を持っています。一般には満鉄事件とも呼ばれます。

事件の背景

事件の背景には、1939年の満鉄調査部拡大に伴う人員増強がありました。この際、日本国内で活動の場を失っていた、大学卒業以上の学歴を持つ左翼からの転向者が多数採用されました。彼らは、マルクス主義的な手法を用いた社会調査・分析に従事していました。しかし、その活動は関東軍憲兵隊をはじめとする満洲国治安当局から監視の対象となっていました。

合作社事件

事件の発端となったのは、1941年に発生した合作社事件です。満洲評論の編集長で、興農合作社中央会職員であった佐藤大四郎は、橘樸の影響を受け、北満洲で貧農を農事合作社（協同組合）に組織する運動を展開していました。この運動が、協和会の平賀貞夫らの逮捕を機に、関東憲兵隊によって共産主義運動の嫌疑をかけられました。その結果、佐藤をはじめ、協和会の鈴木小兵衛、満鉄調査部の花房森・佐藤晴生など50名以上が検挙されました。

2008年には、関東憲兵隊の捜査記録が発見され、松村高夫慶應義塾大学名誉教授、江田憲治京都大学教授らの分析により、組織や運動の実態は関東憲兵隊による捏造であった可能性が指摘されています。

満鉄調査部事件の発生

合作社事件で検挙された鈴木小兵衛は、調査部員の合作社運動への関与を供述し、関東軍憲兵隊の捜査に協力しました。この情報提供に基づき、憲兵隊は調査部への本格的な捜査を開始し、1942年9月に大上末広、具島兼三郎、野々村一雄、堀江邑一、小泉吉雄、渡辺雄二、稲葉四郎、横川次郎ら33名が第一次検挙されました。

さらに、満鉄は憲兵隊に左翼思想者のリストを提出し、1943年7月には伊藤武雄、石堂清倫、枝吉勇ら10名が第二次検挙されました。これらの検挙により、合計44名の調査部員が満洲国治安維持法違反の罪で起訴され、鈴江言一ら4名が保釈、大上末広や佐藤晴生ら5名が獄中で死亡しました。

その後、伊藤武雄や花房森ら15名が保釈されましたが、残りの20名は1945年5月に判決を受け、渡辺雄二ら2名が徒刑5年を科せられたものの、全員に執行猶予が付きました。この事件では、憲兵隊が被検挙者の中からスパイ組織を作り、在満日本人の動向を探らせていたことも明らかになっています。スパイ活動への参加を拒否した者には、石堂清倫のように軍への懲罰召集が行われることもありました。

事件の影響とその後

取り調べ中に作成された被検挙者の手記や意見書は、ソ連侵攻時に関東軍憲兵隊によって処分されたと考えられていましたが、戦後、その一部が中華人民共和国吉林省人民政府によって発見され、公開されています。

満鉄調査部事件は、戦時下の思想統制と弾圧の象徴的な事件として、日本の近代史において重要な位置を占めています。事件を通して、当時の社会状況や権力構造、そして人々の思想と行動について深く考察することができます。

関連項目

満鉄調査部
ゾルゲ事件
横浜事件
上海反戦グループ事件
泊事件

参考文献

関東憲兵隊司令部編『在満日系共産主義運動』【復刻版】、極東研究所出版会、1969年。
石堂清倫『わが異端の昭和史』(上下)、平凡社ライブラリー、2001年。ISBN 4582764053、ISBN 458276410X。
小林英夫・福井紳一『満鉄調査部事件の真相；新発見史料が語る「知の集団」の見果てぬ夢』、小学館、2004年。ISBN 4096260762。

外部リンク

* 法政大学大原社会問題研究所『日本労働年鑑特集版；太平洋戦争下の労働運動』第五編第二章「学問研究に対する弾圧」

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