天竜川水力電気
天竜川水力電気株式会社は、大正時代に古河財閥の傘下で設立された電力会社です。その名の通り、長野県から愛知県、静岡県を経て太平洋に注ぐ天竜川水系における水力発電事業を手がけることを目指しました。
会社の誕生は1920年（大正9年）5月20日です。設立の基盤となったのは、古河鉱業が天竜川水系に保有していた自家用発電所と水利権でした。古河鉱業は、現在の静岡県浜松市天竜区（旧佐久間町）にあった久根鉱山という銅山に電力を供給するため、大正時代に豊根発電所など二つの水力発電所を建設し、自社の電力需要を賄っていました。天竜川水力電気は、このうち愛知県豊根村に位置し、天竜川水系の大入川から取水して3,450キロワットを発電していた豊根発電所と、天竜川本流の「滝原」という未開発地点の水利権を古河鉱業から引き継いで事業を開始しました。
設立時の本店は東京に置かれ、浜松市には支店が開設されました。古河グループの幹部である井上公二氏が社長に就任し、浜松の有力者も取締役に加わりました。資本金は1000万円でスタートしました。
この新会社が最も注力したのは、当時電力不足に悩んでいた浜松方面への電力供給でした。浜松市では、既に地元企業の浜松電灯が日英水電に買収され、1912年（明治45年）から水力発電による供給が行われていましたが、第一次世界大戦後の好景気により地場産業である織物業が活況を呈し、慢性的かつ深刻な電力不足に陥っていました。この状況を受け、天竜川水力電気は既存の豊根発電所から浜松市内へ向かう送電線を整備し、1921年（大正10年）6月1日から浜松市内の需要家への配電を開始しました。さらに同年11月からは、愛知県岡崎市の電力会社である岡崎電灯への電力供給も手がけるようになります。開業後の最初の決算時点では、主要な供給先として、古河鉱業の久根鉱山、新規契約の岡崎電灯、そして浜松市内の法人・個人需要家が存在しました。
浜松への送電事業に続き、天竜川水力電気はさらなる大規模開発を目指します。天竜川本流の滝原地点に、出力1万2,300キロワットにも及ぶ滝原発電所の建設に着手しました。これは1923年（大正12年）頃の完成を目標としていました。しかし、この大規模プロジェクトが完成を見る前に、天竜川水力電気は古河財閥の手を離れ、急速に勢力を拡大していた関西電気に吸収合併されることになります。
関西電気は、元々愛知県名古屋市を拠点とする名古屋電灯という電力会社でしたが、福澤桃介氏が社長に就任して以降、周辺の電力事業者の統合を積極的に進め、わずか一年半の間に六社を合併しました。さらに1921年10月には、奈良県の関西水力電気と合併（実質的には名古屋電灯が存続）して関西電気と名を改めました。関西電気となった後も統合路線は続き、1922年（大正11年）までに九社の電力会社を吸収合併しました。この統合の波に乗り上げられたのが天竜川水力電気でした。
関西水力電気と名古屋電灯の合併が完了する前の1921年9月1日、関西水力電気との間で合併契約が締結されました。この契約は、存続会社となる関西水力電気が増資を行い、その新株を天竜川水力電気の株主に交付するというものでした。具体的には、天竜川水力電気の株式10株（一株あたり20円払込済み）に対し、関西水力電気（合併時の社名は関西電気に変更）の株式3株（一株あたり50円払込済み）が割り当てられました。
合併契約は、同年10月18日に両社の株主総会で承認されました。これにより、建設が進められていた滝原発電所の工事は、設計変更のため10月30日をもって中断されることとなりました。同年12月28日には国の認可が下り、翌1922年2月1日に関西電気で合併手続きの完了報告総会が開かれ、同日をもって天竜川水力電気株式会社は解散しました。設立からわずか約2年という短期間での幕引きでした。合併から約4か月後の1922年6月、関西電気はさらに東邦電力へと社名を変更しています。
天竜川水力電気から天竜川の水利権を引き継いだ東邦電力は、滝原地点を含む天竜川水系全体の開発計画を改めて検討しました。その後、別途王子製紙から譲り受けた水利権も加え、天竜川に二つのダムを建設し、山室と中部という二つの地点に合わせて13万8千キロワットという巨大な出力を持つ発電所を建設する計画を立てました。東邦電力は他の開発プロジェクトの完了を待って1941年（昭和16年）以降に着工する予定でしたが、戦局の悪化などにより同社の手で実現することはありませんでした。
天竜川本流の大規模電源開発は、太平洋戦争後の電源開発促進法の成立を経て、地点を統合する形で改めて計画が進められました。こうして誕生したのが、出力35万キロワットを誇る電源開発株式会社の佐久間発電所（佐久間ダム）です。佐久間ダム建設の際、かつて天竜川水力電気が運用していた豊根発電所は、ダム湖に沈む位置にあったため、より高い場所へ移設されました。しかし、その後建設された新豊根ダムによって取水地点が水没したため、1972年（昭和47年）に廃止され、現在はその姿を見ることはできません。天竜川水力電気が残した水利権と夢は、形を変えて現代の巨大電源へと引き継がれたのです。
会社の誕生は1920年（大正9年）5月20日です。設立の基盤となったのは、古河鉱業が天竜川水系に保有していた自家用発電所と水利権でした。古河鉱業は、現在の静岡県浜松市天竜区（旧佐久間町）にあった久根鉱山という銅山に電力を供給するため、大正時代に豊根発電所など二つの水力発電所を建設し、自社の電力需要を賄っていました。天竜川水力電気は、このうち愛知県豊根村に位置し、天竜川水系の大入川から取水して3,450キロワットを発電していた豊根発電所と、天竜川本流の「滝原」という未開発地点の水利権を古河鉱業から引き継いで事業を開始しました。
設立時の本店は東京に置かれ、浜松市には支店が開設されました。古河グループの幹部である井上公二氏が社長に就任し、浜松の有力者も取締役に加わりました。資本金は1000万円でスタートしました。
この新会社が最も注力したのは、当時電力不足に悩んでいた浜松方面への電力供給でした。浜松市では、既に地元企業の浜松電灯が日英水電に買収され、1912年（明治45年）から水力発電による供給が行われていましたが、第一次世界大戦後の好景気により地場産業である織物業が活況を呈し、慢性的かつ深刻な電力不足に陥っていました。この状況を受け、天竜川水力電気は既存の豊根発電所から浜松市内へ向かう送電線を整備し、1921年（大正10年）6月1日から浜松市内の需要家への配電を開始しました。さらに同年11月からは、愛知県岡崎市の電力会社である岡崎電灯への電力供給も手がけるようになります。開業後の最初の決算時点では、主要な供給先として、古河鉱業の久根鉱山、新規契約の岡崎電灯、そして浜松市内の法人・個人需要家が存在しました。
浜松への送電事業に続き、天竜川水力電気はさらなる大規模開発を目指します。天竜川本流の滝原地点に、出力1万2,300キロワットにも及ぶ滝原発電所の建設に着手しました。これは1923年（大正12年）頃の完成を目標としていました。しかし、この大規模プロジェクトが完成を見る前に、天竜川水力電気は古河財閥の手を離れ、急速に勢力を拡大していた関西電気に吸収合併されることになります。
関西電気は、元々愛知県名古屋市を拠点とする名古屋電灯という電力会社でしたが、福澤桃介氏が社長に就任して以降、周辺の電力事業者の統合を積極的に進め、わずか一年半の間に六社を合併しました。さらに1921年10月には、奈良県の関西水力電気と合併（実質的には名古屋電灯が存続）して関西電気と名を改めました。関西電気となった後も統合路線は続き、1922年（大正11年）までに九社の電力会社を吸収合併しました。この統合の波に乗り上げられたのが天竜川水力電気でした。
関西水力電気と名古屋電灯の合併が完了する前の1921年9月1日、関西水力電気との間で合併契約が締結されました。この契約は、存続会社となる関西水力電気が増資を行い、その新株を天竜川水力電気の株主に交付するというものでした。具体的には、天竜川水力電気の株式10株（一株あたり20円払込済み）に対し、関西水力電気（合併時の社名は関西電気に変更）の株式3株（一株あたり50円払込済み）が割り当てられました。
合併契約は、同年10月18日に両社の株主総会で承認されました。これにより、建設が進められていた滝原発電所の工事は、設計変更のため10月30日をもって中断されることとなりました。同年12月28日には国の認可が下り、翌1922年2月1日に関西電気で合併手続きの完了報告総会が開かれ、同日をもって天竜川水力電気株式会社は解散しました。設立からわずか約2年という短期間での幕引きでした。合併から約4か月後の1922年6月、関西電気はさらに東邦電力へと社名を変更しています。
天竜川水力電気から天竜川の水利権を引き継いだ東邦電力は、滝原地点を含む天竜川水系全体の開発計画を改めて検討しました。その後、別途王子製紙から譲り受けた水利権も加え、天竜川に二つのダムを建設し、山室と中部という二つの地点に合わせて13万8千キロワットという巨大な出力を持つ発電所を建設する計画を立てました。東邦電力は他の開発プロジェクトの完了を待って1941年（昭和16年）以降に着工する予定でしたが、戦局の悪化などにより同社の手で実現することはありませんでした。
天竜川本流の大規模電源開発は、太平洋戦争後の電源開発促進法の成立を経て、地点を統合する形で改めて計画が進められました。こうして誕生したのが、出力35万キロワットを誇る電源開発株式会社の佐久間発電所（佐久間ダム）です。佐久間ダム建設の際、かつて天竜川水力電気が運用していた豊根発電所は、ダム湖に沈む位置にあったため、より高い場所へ移設されました。しかし、その後建設された新豊根ダムによって取水地点が水没したため、1972年（昭和47年）に廃止され、現在はその姿を見ることはできません。天竜川水力電気が残した水利権と夢は、形を変えて現代の巨大電源へと引き継がれたのです。
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