孟津抄

『孟津抄』：戦国時代の『源氏物語』注釈書の深淵

『孟津抄』は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した関白、九条稙通が著した『源氏物語』の注釈書です。1575年（天正3年）に成立したとされ、その内容は、単なる注釈にとどまらず、当時の源氏物語解釈の精華を凝縮した貴重な文献と言えるでしょう。

タイトルの「孟津」は、中国の黄河上流にある地名です。古くから天の川の入り口と信じられており、九条稙通は自身の学問がまだ入り口に過ぎないという謙遜の意を込めてこの名を冠したと考えられています。後世には、九条稙通の別名である「九条禅閤」にちなんで『九禅抄』とも呼ばれるようになりました。

『孟津抄』の成立には、稙通の叔父にあたる三条西公条からの学問的影響が色濃く反映されています。三条西家は代々『源氏物語』の研究を継承しており、その家学を基礎として『孟津抄』は編纂されました。『孟津抄』は、単独で注釈を施しただけでなく、『河海抄』『花鳥余情』『弄花抄』といった、それまでの先達の研究成果も踏まえ、それらに自身の解釈を加えることで、より深みのある注釈を目指しています。各巻ごとに詳細な注釈が記されており、当時の源氏物語理解を知る上で重要な手がかりとなっています。

現存する『孟津抄』の写本は、原本とされる20巻本とは異なり、15巻本、21巻本、54巻本など、複数の異本が存在することが知られています。これは、写本の過程で様々な変化が生じたこと、そして、各写本がそれぞれに特徴を持つことを示しています。また、草稿本と清書本が存在したと推測されており、これらの関係性や相違点を解明することも今後の研究課題となっています。伝本が少ないことも、この注釈書の希少性を高める一因となっています。

『孟津抄』は、単なる注釈書にとどまらず、当時の貴族社会における学問風土や『源氏物語』に対する解釈の多様性を理解する上で貴重な資料です。また、近世以降の『源氏物語』研究にも大きな影響を与え、その後の注釈書の編纂に多大な貢献を果たしたと言えるでしょう。

現代においても、『孟津抄』は『源氏物語』研究において重要な文献として位置づけられています。おうふう社から刊行された『源氏物語古注集成』シリーズに収録されており、研究者や愛好家によって詳細な研究が行われています。これらの研究成果は、単に『源氏物語』の理解を深めるだけでなく、戦国・安土桃山時代の文化や思想を解明する上でも重要な役割を果たしています。

『孟津抄』は、その成立背景、内容、そして現代における研究状況など、多角的な視点から考察することで、より深くその意義を理解することができるでしょう。今後も、様々な角度からの研究が続けられ、この貴重な文献が持つ真価がさらに明らかになることが期待されます。

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