学寮 (西本願寺)

学寮（学林）

西本願寺の学寮（がくりょう）は、江戸時代初期に設立された、僧侶を育成するための重要な教育機関です。後にその名称を学林（がくりん）と改め、今日の龍谷大学へと連なる学問所の源流と位置づけられています。なお、同時期には東本願寺も同様の僧侶教育機関である学寮を設けており、これが現在の大谷大学の前身となっています。

淵源と設立

この学寮の歴史は、1639年（寛永16年）に西本願寺の第13代門主である良如上人によって始まりました。良如上人は、本山境内の阿弥陀堂北側に、僧侶の教育機関として学寮を創設することを定めました。現在の龍谷大学では、この創建年をもって自身の歴史の淵源と見なしています。設立当初の建物としては、講義を行うための中心的な施設である惣集会所と、学生（当時は所化と呼ばれていました）が生活するための所化寮が設けられていました。所化寮は二階建てで30室があり、一室が四畳で二人の学生が起居する形式だったと伝えられています。

能化制度と初期の運営

学寮の最高責任者は「能化（のうけ）」と呼ばれました。能化は所化寮の一階に二部屋を用いて居住したとされています。1639年の学寮竣工後、翌1640年（寛永17年）に准玄が能化職に任じられますが、1647年（正保4年）には自坊に戻ったため、同年9月には西吟が後任として能化職に就きました。このため、初代能化を准玄とするか西吟とするかは史料によって見解が異なりますが、龍谷大学が所蔵する『能化講主勧学名帖』では、准玄を「講僧」とし、西吟を「初代能化」としています。学寮の教育体制を確立するため、1650年（慶安3年）には学寮の制条（学則）が制定されました。

移転と承応の鬩牆による破却

学寮は設立後間もなく移転を余儀なくされます。1647年には本山敷地外の西侍町へ移りますが、具体的な所在地は現在特定されていません。さらに1652年（承応元年）には、興正寺の南方、現在の興正会館あたりとされる場所へ再度移転しました。

しかし、翌1653年（承応2年）、当時の能化であった西吟と学僧の月感との間に学義を巡る激しい論争が発生します。この論争は「承応の鬩牆（じょうおうのげっしょう）」として知られ、宗派全体を巻き込む事態へと発展し、1655年（明暦元年）には江戸幕府の介入を招くに至りました。裁定の結果、西吟の主張が正統と認められ、月感は出雲へ流されることとなりましたが、学寮自体も取り壊しを命じられるという厳しい処分を受けることになりました。

学林への改称と定着

学寮は破却されましたが、地方から学びに来ていた多くの学生たちをそのまま帰らせるわけにはいきませんでした。このため、本山は東中筋にあった医者の屋敷を借り上げ、仮の学び舎として講義を継続しました。ただし、破却の経緯から「学寮」という名称を公に使用することはできなくなり、代わりに「学林（がくりん）」と称されるようになりました。「学林」という言葉が文献に初めて現れるのは、第2代能化であった知空の著作『論註翼解』であるとされています。知空は1714年（正徳4年）に『学林之由来』も著しています。

第3代能化の若霖の記録には、「其後町名をも講舎に随い学林町と名づけ申し候」（その後、町名も講舎に合わせて学林町と命名した）と記されており、学林が定着するにつれて、所在地一帯の町名まで「学林町」と改められることとなりました。現在も京都市下京区にはその名残である「学林町」の地名が残されています。学林としての体制が整備され、1738年（元文3年）には第4代能化・法霖によって「学林法制5条」が制定されています。

発展と度重なる試練

学林町に根ざした学林は、講堂や大門、食堂、寮といった施設を拡充するなど、教学の中心地として拡大・発展を遂げました。しかし、1788年（天明8年）に発生した未曾有の大火「天明の大火」によって、学林は惜しくも全焼してしまいます。この時も本山の集会所を仮の学び舎として復興に着手し、講堂の再建に続き、南寮、北寮、新寮、東寮、勧学寮といった新たな学生寮も次々と増築され、学林の規模は維持されました。

三業惑乱と能化職の終焉

しかし、学林は教学上の大きな混乱にも直面します。1797年（寛政9年）に第7代能化に就任した智洞が「三業帰命説」という新たな教学説を提唱すると、安芸の大瀛や河内の道隠といった在野の学僧（古義派）から厳しい批判が巻き起こりました。この論争は全国の門徒を巻き込み、流血を伴う紛争（三業惑乱）へと発展します。事態は最終的に江戸幕府の寺社奉行による裁定に委ねられ、智洞の説は誤りであると判断されて収拾が図られました。この事件によって、かつては門主をも凌ぐ権威を持っていた能化の権威は決定的に失墜し、西本願寺は1807年（文化4年）に能化職そのものを廃止することを決定します。そして、1824年（文政7年）には任期一年限りの勧学職を複数置く、集団指導体制へと教学組織を転換していきました。

幕末の動乱と近代への転換

幕末の動乱期も学林にとって試練の時代でした。1864年（元治元年）には、禁門の変の戦火に巻き込まれて学林は再び炎上します。この時も本山の北集会所を仮の講堂としましたが、そこも新選組に占拠されるなど、学生たちは学び舎を転々とすることを余儀なくされました。学林町での再建が目指されましたが、大政奉還という時代の大きな転換期を迎え、さらに1871年（明治4年）には新政府から学林の敷地を上納せよという官命が出されるなど、困難は続きました。加えて、明治初頭の廃仏毀釈の嵐も吹き荒れ、本山自体も存亡の危機に瀕します。

このような激動の状況下で、西本願寺第21代門主・明如上人は、海外の近代的な大学制度を視察・参考にし、従来の学林を刷新することを決断します。そして、1876年（明治9年）に学林を「大教校（だいきょうこう）」へと改組・転換しました。これが、今日の龍谷大学に直接繋がる組織となります。

学寮・学林の歴史は、西本願寺における教学の発展と、時代ごとの社会情勢や宗派内部の動向が複雑に絡み合った波乱の道のりであり、近代仏教教育の礎が築かれた場所として重要な意味を持っています。

もう一度検索