安宅弥吉

安宅弥吉（あたかやきち）

1873年（明治6年）4月25日、石川県金沢市金石に生まれた実業家。かつて日本の経済界で存在感を示した安宅産業や、女子教育機関である学校法人甲南女子学園を立ち上げた人物として知られています。また、大阪商工会議所の会頭を務めるなど、関西財界の中心的な存在でもありました。思想家・哲学者として世界的に著名な鈴木大拙の活動を経済的に支えたパトロンとしても歴史に名を残しています。

生い立ちと教育

金沢の薬種商、安宅幸喜の三男として誕生。1890年、17歳の時に東京での仕入れを行っていた金沢の小間物商、國本栄作に随行し、積雪が残る3月に新潟県の難所、親不知を草鞋履きで徒歩で越えて上京するという経験をしています。後に、この時の國本家への感謝の気持ちを表し、礼状と金杯を贈っています。東京では高等商業学校（現在の一橋大学）に進み、1895年7月に卒業しました。

実業家としての歩み

高商卒業後、一時的に日本海陸保険株式会社に入社しますが、貿易業を志向し、同年10月には日下部商店へ移籍します。香港支店（現地での商号は日森洋行）の責任者（支配人）として活躍し、1901年には香港支店の共同経営者となります。しかし、1904年に日下部商店本店が破綻したため退店。帰国後、同年7月に自身の名を冠した安宅商会（後の安宅産業）を設立しました。これを礎として、安宅産業は戦後に大きく発展し、三菱商事、三井物産などに並ぶ日本の「10大総合商社」の一角を占めるまでに成長しました。

事業の傍ら、多方面で要職を歴任しました。1907年には大阪毛織の社長に就任。1935年12月には大阪商工会議所会頭に就任し、関西経済の発展に貢献。1936年には南満州鉄道（満鉄）の監査役も務めました。故郷金沢市への愛着も深く、1935年には大野湊神社に拝殿を寄贈しています。政治の世界にも足を踏み入れ、1939年12月19日には貴族院議員に勅選されました（1946年5月14日辞任）。1940年には勲四等瑞宝章を受章しています。

安宅産業の経営からは、1942年6月に社長を退き相談役となりました。第二次世界大戦後の1946年8月には、公職追放の対象となっています。

教育・文化への貢献

安宅弥吉は、実業家としての成功だけでなく、教育や文化活動にも尽力しました。高等商業学校の先輩にあたる平生釟三郎が設立した財団法人甲南学園（現・学校法人甲南学園）の設立に協力し、理事を務めています。さらに、女子教育の振興を目指し、1920年には甲南高等女学校（現・学校法人甲南女子学園、甲南女子中学校・高等学校、甲南女子大学）を自ら設立しました。設立後は長く理事長を務め（1926年〜1946年）、学園の発展に貢献しました。

また、弥吉は久徴館（旧加賀藩主前田家が石川県出身者のために東京に設けた寄宿舎）で共に生活した鈴木大拙と深い交流がありました。弥吉は大拙に対し「お前は学問に専念しろ、俺が金儲けをして食わせてやる」と語ったとされ、その約束通り、大拙の学究活動を経済的に支え続けました。大拙の研究拠点である松ヶ岡文庫の設立にも大きく貢献し、その入り口には弥吉を称える「自安」（安宅のこと）と題された頌徳碑が立てられています。「財団法人松ヶ岡文庫設立の礎はあなたの援助によるものである」という内容が刻まれており、二人の関係の深さを今に伝えています。

家族と安宅産業のその後

弥吉には複数の子供がいました。長男の安宅英一（神戸高等商業学校卒業）は後に安宅産業の会長に、次男の安宅重雄（京都帝国大学文学部哲学科卒業）は社長に就任し、同族経営が引き継がれました。娘の安宅登美子はテニス選手として活躍し、1925年・1926年の全日本テニス選手権女子ダブルスで優勝しています。登美子の夫、つまり弥吉の娘婿にあたる長谷川周重は、後に住友化学工業の社長を務めるなど、姻戚関係も広がりました。

弥吉の死去後、安宅産業は同族経営に起因する問題などが顕在化し、経営が悪化します。かつて「10大総合商社」と称された名門でしたが、1977年には事実上の破綻状態に陥り、メインバンクであった住友銀行や協和銀行、そして伊藤忠商事の主導のもと、伊藤忠商事に吸収合併される形で、その70年以上の歴史に幕を閉じました。

晩年と邸宅

1943年6月に脳出血で倒れて以降、自宅での療養生活を送りました。1949年 2月5日、75歳10ヶ月で死去。遺骨は、鈴木大拙ゆかりの鎌倉市東慶寺、故郷である金沢市本竜寺、兵庫県西宮市海清寺の3ヶ所に分骨され、それぞれに墓所が設けられています。

兵庫県神戸市東灘区住吉本町にはかつて弥吉の広大な邸宅がありましたが、1938年（昭和13年）の阪神大水害で地域の名士の邸宅と共に全壊する被害を受けました。邸宅は後に再建されたものの、現在その跡地にはマンションが建設されており、2005年からは「住吉本町レジデンス」として分譲されています。

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