安川定男

安川定男：知られざる文豪の一生

安川定男(1919-2007)の名は、日本の国文学研究史に深く刻まれています。中央大学名誉教授として長年教鞭をとり、その専門は平安文学と近代文学。特に有島武郎研究においては、第一人者として広く知られています。しかし、彼の生涯は、学究の道一筋というわけではありませんでした。

1919年、福岡県北九州市に生まれた安川定男は、名家の子として誕生しました。祖父は安川財閥の創設者である安川敬一郎、父は安川電機を創業した安川第五郎。一族には外交官や実業家など、著名人が名を連ねていました。しかし、定男自身は華麗なる一族の影に隠れることなく、学問の世界で独自の足跡を刻んでいきました。

東京帝国大学文学部国文学科を卒業後、海軍予備学生として戦争を経験。戦後は東京都立第九中学、北園高校で教鞭をとり、1951年、中央大学文学部の創設とともに助[[教授]]に就任。その後教授となり、多くの学生に国文学の深淵を伝えました。

研究活動と並行して、文芸誌『同時代』同人として活発な執筆活動も展開。その筆致は、鋭く、時に優しく、読者に深い感銘を与えました。また、翻訳家としても活躍し、フランスのピアノ音楽や西洋の批評理論などを紹介。多様な才能を駆使し、文化交流にも貢献しました。

彼の研究対象は多岐に渡ります。主たる研究対象である有島武郎はもちろんのこと、高村光太郎や宮澤賢治など、近代日本の文学者たちへの深い洞察を、数々の著作に凝縮しています。代表的な著書には、『有島武郎論』『作家の中の音楽』『有島武郎 悲劇の知識人』『楽の音に魅せられた魂 高村光太郎・宮澤賢治など』などがあります。これらは、単なる学術書にとどまらず、文学作品への愛情と深い理解に裏打ちされた、読み応えのある名著として高く評価されています。

さらに、共編著や翻訳にも携わり、日本の近代文学や西洋文化の紹介にも尽力。その活動は、日本の文学研究のみならず、文化交流という広い視野にまで及んでいます。例えば、アルフレッド・コルトーとの共訳『フランス・ピアノ音楽』全3巻は、音楽愛好家にも広く知られています。

安川定男の生涯は、学問への飽くなき探究心と、多様な文化への深い理解に彩られたものでした。華麗なる一族出身という経歴、海軍予備学生としての戦争体験、そして学者としての地道な研究活動。これらが複雑に絡み合い、彼の人格を形成したと言えるでしょう。

彼の著作は、今もなお多くの読者、研究者に影響を与え続けています。安川定男という稀有な存在は、日本の近代文学研究史に、大きな足跡を残したのです。彼の残した業績は、未来の研究者たちにとって、貴重な財産であり続けるでしょう。

主な著作

『有島武郎論』（明治書院）
『作家の中の音楽』（桜楓社）
『有島武郎 悲劇の知識人』（新典社）
『楽の音に魅せられた魂 高村光太郎・宮澤賢治など』（おうふう）
『近代文学』（吉田精一、村松定孝共編、東出版）
『日本人の言葉』（数江教一、生松敬三共編、弥生書房）
『有島武郎 作品論』（上杉省和共編、双文社出版）
『昭和の長編小説』（至文堂）
『フランス・ピアノ音楽』全3巻（アルフレッド・コルトー、安川加寿子共訳、かんらん社）
『第十のミューズ 批評の芸術』（ハーバート・リード、宇佐見英治共訳、みすず書房）

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