富永恭次
冨永恭次（とみなが きょうじ）は、1892年1月2日に長崎県で生まれ、1960年1月14日に没した日本の陸軍軍人です。最終階級は陸軍中将。
医師の二男として生まれた冨永は、熊本陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1913年5月に陸軍士官学校（25期）を卒業しました。同期には、後に「陸士25期の三羽烏」と称された武藤章、田中新一らがいました。卒業後、歩兵少尉に任官し、歩兵第23連隊に配属。その後、陸軍経理学校などを経て、1923年11月には陸軍大学校（35期）を卒業し、同年12月に歩兵第23連隊中隊長に就任しました。
1924年12月には参謀本部付、1925年には関東軍司令部付へ転属となり、1927年12月に参謀本部員、1928年8月には歩兵少佐へ昇進。その後、駐ソ連大使館付武官補佐官やジュネーブ海軍軍縮会議全権随員などを務めました。この時期、冨永は一夕会にも参加しています。
1932年8月には歩兵中佐に進級し、参謀本部員（第2課）に就任しました。その後、欧州駐在を経て近衛歩兵第2連隊付となり、1936年3月には参謀本部庶務課長代理に任ぜられ、人事業務に携わります。二・二六事件後の粛清人事にも関わり、台湾軍司令官の柳川平助中将や第4師団長の建川美次中将などの予備役編入を巧みに取りまとめました。1936年8月には歩兵大佐に昇進し、参謀本部第2課長となります。
1937年1月、関東軍司令部付となり、3月には関東軍第2課長に就任しました。この時、東條英機が関東軍参謀長となり、両者の関係は深まりました。1938年3月には近衛歩兵第2連隊長に就任しています。
1939年3月、陸軍少将に進級し、参謀本部第4部長に就任。同年9月には、作戦を司る参謀本部第1部長に任ぜられました。1940年8月には、支那派遣軍作戦参謀総長の井本熊男と会談。この会談で、井本は細菌作戦実施の打ち合わせを行ったと推測されています。
1940年、ドイツ軍のフランス侵攻により、フランス領インドシナ（仏印）の地位が不安定になったことを受けて、日本は北部仏印への進出を計画しました。冨永は仏印に出張し、武力を背景とした強硬な進駐を目指し、独断で大陸指（参謀総長指示）を発令。しかし、この行動は、西原一策少将らによる現地政府との交渉を混乱させ、武力衝突を招く結果となりました。この責任を問われ、同年9月25日に参謀本部第1部長を更迭されました。
参謀本部を更迭された冨永は、東部軍司令部附などを経て、1941年4月に陸軍省人事局長となり、中央に復帰しました。これは、東條英機が人情の機微を理解し、自分を復活させた人間に忠勤を励むと見抜いた人事戦略でした。1941年11月に陸軍中将に進み、1943年3月には陸軍次官となり、人事局長事務取扱を兼任しました。東條は人事権を冨永に委ね、陸軍内の人事を掌握しました。しかし、この人事は、東條の側近や子飼いの人材を偏重し、不適格な人物を登用するなどの問題点がありました。
冨永は東條の意を体し、内閣退陣時にも東條の続投を画策するなど、東條を支えました。また、梅津美治郎や寺内寿一など総軍司令官クラスを外地に留め置いたのは、東條の基盤を脅かす可能性のある重鎮を遠ざける意図があったとも指摘されています。
1944年7月に東條内閣が退陣すると、冨永は参謀本部附となり、同年8月30日、比島方面の航空決戦を担う第4航空軍司令官に転出しました。しかし、彼は実戦経験が乏しく、航空関係の勤務経験もありませんでした。冨永は、レイテ決戦に呼応した航空攻撃や地上部隊支援、特攻作戦を指導しましたが、その指揮には以下の特徴と問題点がありました。
前線への積極的な進出と部下への激励: 積極的に前線へ進出し、将兵を激励しました。しかし、この行動は作戦全体の不均衡を招くこともあり、師団長などの上級士官からは不評でした。
第2飛行師団長との対立: 空中補給に利用されていた飛行第75戦隊を攻撃に使用したいという第2飛行師団の意見を無視し、同師団長を解任しました。この処分は、軍隊指揮の道理には合致していたものの、親補職である師団長の職権を停止させることは許されない行為でした。
* マニラ死守方針: 第14方面軍の持久方針に反対し、マニラでの決戦を主張しました。しかし、心身の疲労から不眠症となり、指揮が執れなくなったため、自ら司令官職を更迭して欲しいと願い出ました。しかし、これは却下されました。
1945年1月、マニラを放棄して北部ルソンへ後退。その後、独断で台湾へ後退し、戦線を離脱しました。この行為は、多くの将兵をルソン島に取り残し、彼らの犠牲を増大させました。この責任は、戦後、冨永に対する決定的な批判の原因となりました。
1945年7月、満州の第139師団長として召集されましたが、ソ連軍との交戦はなく終戦を迎え、その後、モスクワへ連行され尋問を受けました。シベリア抑留中に強制労働に従事し、収容所を転々としました。1954年11月に病気釈放され、1955年4月に帰国しました。帰国後、シベリア抑留に関する証言を求められ、国会でフィリピン脱出について証言しました。
晩年は、第4航空軍司令官時代の振る舞いに関して厳しい批判を浴び、1960年1月14日、心臓衰弱のため東京都世田谷区の自宅で亡くなりました。
昭和天皇は、東條英機が評判を悪化させた原因の一つとして、冨永のような「兎角評判の良くない且部下の抑へのきかない者」を使ったことを挙げています。冨永の軍歴は、東條英機との関係、人事権の乱用、そしてフィリピン戦線での混乱した指揮が複雑に絡み合い、昭和史の負の側面を象徴する存在として記憶されています。
軍歴初期
医師の二男として生まれた冨永は、熊本陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1913年5月に陸軍士官学校（25期）を卒業しました。同期には、後に「陸士25期の三羽烏」と称された武藤章、田中新一らがいました。卒業後、歩兵少尉に任官し、歩兵第23連隊に配属。その後、陸軍経理学校などを経て、1923年11月には陸軍大学校（35期）を卒業し、同年12月に歩兵第23連隊中隊長に就任しました。
1924年12月には参謀本部付、1925年には関東軍司令部付へ転属となり、1927年12月に参謀本部員、1928年8月には歩兵少佐へ昇進。その後、駐ソ連大使館付武官補佐官やジュネーブ海軍軍縮会議全権随員などを務めました。この時期、冨永は一夕会にも参加しています。
1932年8月には歩兵中佐に進級し、参謀本部員（第2課）に就任しました。その後、欧州駐在を経て近衛歩兵第2連隊付となり、1936年3月には参謀本部庶務課長代理に任ぜられ、人事業務に携わります。二・二六事件後の粛清人事にも関わり、台湾軍司令官の柳川平助中将や第4師団長の建川美次中将などの予備役編入を巧みに取りまとめました。1936年8月には歩兵大佐に昇進し、参謀本部第2課長となります。
1937年1月、関東軍司令部付となり、3月には関東軍第2課長に就任しました。この時、東條英機が関東軍参謀長となり、両者の関係は深まりました。1938年3月には近衛歩兵第2連隊長に就任しています。
参謀本部と北部仏印進駐
1939年3月、陸軍少将に進級し、参謀本部第4部長に就任。同年9月には、作戦を司る参謀本部第1部長に任ぜられました。1940年8月には、支那派遣軍作戦参謀総長の井本熊男と会談。この会談で、井本は細菌作戦実施の打ち合わせを行ったと推測されています。
1940年、ドイツ軍のフランス侵攻により、フランス領インドシナ（仏印）の地位が不安定になったことを受けて、日本は北部仏印への進出を計画しました。冨永は仏印に出張し、武力を背景とした強硬な進駐を目指し、独断で大陸指（参謀総長指示）を発令。しかし、この行動は、西原一策少将らによる現地政府との交渉を混乱させ、武力衝突を招く結果となりました。この責任を問われ、同年9月25日に参謀本部第1部長を更迭されました。
陸軍省人事局長・陸軍次官時代
参謀本部を更迭された冨永は、東部軍司令部附などを経て、1941年4月に陸軍省人事局長となり、中央に復帰しました。これは、東條英機が人情の機微を理解し、自分を復活させた人間に忠勤を励むと見抜いた人事戦略でした。1941年11月に陸軍中将に進み、1943年3月には陸軍次官となり、人事局長事務取扱を兼任しました。東條は人事権を冨永に委ね、陸軍内の人事を掌握しました。しかし、この人事は、東條の側近や子飼いの人材を偏重し、不適格な人物を登用するなどの問題点がありました。
冨永は東條の意を体し、内閣退陣時にも東條の続投を画策するなど、東條を支えました。また、梅津美治郎や寺内寿一など総軍司令官クラスを外地に留め置いたのは、東條の基盤を脅かす可能性のある重鎮を遠ざける意図があったとも指摘されています。
比島航空決戦
1944年7月に東條内閣が退陣すると、冨永は参謀本部附となり、同年8月30日、比島方面の航空決戦を担う第4航空軍司令官に転出しました。しかし、彼は実戦経験が乏しく、航空関係の勤務経験もありませんでした。冨永は、レイテ決戦に呼応した航空攻撃や地上部隊支援、特攻作戦を指導しましたが、その指揮には以下の特徴と問題点がありました。
前線への積極的な進出と部下への激励: 積極的に前線へ進出し、将兵を激励しました。しかし、この行動は作戦全体の不均衡を招くこともあり、師団長などの上級士官からは不評でした。
第2飛行師団長との対立: 空中補給に利用されていた飛行第75戦隊を攻撃に使用したいという第2飛行師団の意見を無視し、同師団長を解任しました。この処分は、軍隊指揮の道理には合致していたものの、親補職である師団長の職権を停止させることは許されない行為でした。
* マニラ死守方針: 第14方面軍の持久方針に反対し、マニラでの決戦を主張しました。しかし、心身の疲労から不眠症となり、指揮が執れなくなったため、自ら司令官職を更迭して欲しいと願い出ました。しかし、これは却下されました。
1945年1月、マニラを放棄して北部ルソンへ後退。その後、独断で台湾へ後退し、戦線を離脱しました。この行為は、多くの将兵をルソン島に取り残し、彼らの犠牲を増大させました。この責任は、戦後、冨永に対する決定的な批判の原因となりました。
終戦と晩年
1945年7月、満州の第139師団長として召集されましたが、ソ連軍との交戦はなく終戦を迎え、その後、モスクワへ連行され尋問を受けました。シベリア抑留中に強制労働に従事し、収容所を転々としました。1954年11月に病気釈放され、1955年4月に帰国しました。帰国後、シベリア抑留に関する証言を求められ、国会でフィリピン脱出について証言しました。
晩年は、第4航空軍司令官時代の振る舞いに関して厳しい批判を浴び、1960年1月14日、心臓衰弱のため東京都世田谷区の自宅で亡くなりました。
評価
昭和天皇は、東條英機が評判を悪化させた原因の一つとして、冨永のような「兎角評判の良くない且部下の抑へのきかない者」を使ったことを挙げています。冨永の軍歴は、東條英機との関係、人事権の乱用、そしてフィリピン戦線での混乱した指揮が複雑に絡み合い、昭和史の負の側面を象徴する存在として記憶されています。
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