小林武史 (ヴァイオリニスト)

小林 武史

ヴァイオリニスト、小林武史は、1931年2月11日に誕生し、2025年5月19日に94歳でその生涯を閉じました。戦後日本の音楽界において、特にヴァイオリン演奏の分野で国際的な視野を持ち、多岐にわたる活動を展開した人物として知られています。

その出生地は、当時父親の小林米作（後に科学映画製作者として知られる）が勤務していたコダックの支店があった、インドネシアのスマトラ島でした。少年時代に日本へ移り、1941年にはヴァイオリン教育の権威である鈴木鎮一に師事し、音楽の道を歩み始めます。戦後の混乱期を経て、1949年には第18回毎日音楽コンクールのヴァイオリン部門で第1位を獲得し、その才能を広く認められることとなりました。

小林は早くから新しいレパートリーの紹介にも積極的でした。1953年には、アラム・ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲を日本で初めて演奏し、当時の日本の音楽界に新たな息吹をもたらしました。国内でのキャリアも順調に進み、1955年には東京交響楽団のコンサートマスターに就任し、オーケストラの屋台骨を支える重要な役割を担いました。

彼の活動は日本国内に留まらず、国際的な舞台へと広がります。1960年代には、ヨーロッパの主要オーケストラでコンサートマスターを務めるという、日本人演奏家としては極めて珍しい経歴を重ねました。具体的には、1961年にチェコスロヴァキアのブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団、1964年にはオーストリアのリンツ・ブルックナー管弦楽団でその手腕を発揮しました。この経験は、彼の音楽観や演奏スタイルに大きな影響を与えたと考えられます。

帰国後、1967年には読売日本交響楽団のコンサートマスターに就任し、日本の音楽シーンの第一線で活躍を続けました。この時期にも、レパートリー開拓への意欲は衰えず、1969年にはドミートリイ・ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第2番の日本初演を行っています。

さらに、現代音楽の紹介にも力を入れました。1979年には伊福部昭のヴァイオリン協奏曲第2番をチェコスロヴァキア国立ブルノ・フィルハーモニーと共に初演。また、1983年にはチェコスロヴァキア・ブルノ市の国際音楽祭において、團伊玖磨のファンタジアをブルノ・フィルハーモニーと世界初演するなど、日本の作曲家の作品を海外で紹介することにも尽力しました。

演奏活動と並行して、教育活動や音楽を通じた国際交流にも情熱を注ぎました。国際交流基金文化使節として各国を訪問し、特にヴェネズエラでのスズキ・メソードに基づく音楽教育活動は、同国の画期的な文化政策であるエル・システマの成立に重要な貢献をしたとされています。また、国内ではコレギウム・ムジクム東京を主宰し、宮城・中新田バッハホールの音楽院院長を務めるなど、後進の指導や地域における音楽文化の振興にも力を尽くしました。

長年の功績は高く評価され、文化庁芸術祭賞を複数回受賞しています。1988年度には音楽部門で、そして1996年度には音楽部門大賞を受賞し、日本の音楽界における彼の存在感を示しました。

家族としては、前述の父、小林米作のほか、実弟の小林健次もまたヴァイオリニストであり、東京都交響楽団の元ソロ・コンサートマスターや桐朋学園大学教授を務めるなど、ヴァイオリン一家として知られています。

また、自身の音楽人生や経験を綴った著書も残しており、『ヴァイオリン一挺、世界独り歩き』（芸術現代社、1980年）、『ファンタジア わが人生』（神奈川新聞社、2013年）などがあります。

ヴァイオリニストとして、教育者として、そして国際的な音楽交流の担い手として、小林武史は日本の音楽史に確かな足跡を残しました。2025年5月19日、膀胱癌のため惜しまれながらも永眠しました。

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