小池辰雄

小池辰雄（こいけ たつお）

日本のドイツ文学者、詩人、そしてキリスト教思想家として知られる小池辰雄は、1904年2月7日に東京で生を受けました。水戸高等学校を経て東京帝国大学文学部ドイツ文学科を卒業し、学問の道を歩み始めます。卒業後は東京大学教養学部で教授を務め、ドイツ文学の研究と教育に情熱を注ぎました。

学問の世界で活躍する一方、小池辰雄の人生にはキリスト教信仰が深く根差していました。学生時代から内村鑑三、藤井武、塚本虎二といった無教会派の指導者たちの聖書集会に積極的に参加し、信仰を深めていきました。1940年には武蔵野市に「武蔵野幕屋」を開設し、ここで定期的に日曜聖書講筵を開催し、自ら聖書の講解を行いました。この活動は、彼が単なる学問としてのキリスト教を追求するのではなく、生きた信仰としてのキリスト教を実践し、分かち合おうとした姿勢を示すものです。

彼の信仰は、1950年に阿蘇山で経験したという強烈な霊的体験によって、さらに独自の深まりを見せます。この体験を機に、彼は「使徒的次元の原始キリスト道」を唱道するに至り、独自の神学体系を構築したとされています。この思想は、従来の教義にとらわれない、内面的な霊性に重きを置いたものであり、彼の後の著作活動に大きな影響を与えました。

東京大学を定年退官した後、1965年に獨協大学の教授として迎えられます。獨協大学ではドイツ文学教育に貢献する傍ら、1970年から1979年までの約10年間にわたり、第14代獨協中学校・高等学校の校長を務め、中等教育の振興にも尽力しました。獨協大学の校歌を作詞するなど、学園への貢献は多岐にわたります。これらの功績に対し、1980年にはドイツ連邦共和国功労勲章一等功労十字章が授与されました。

小池辰雄は多作な著作家でもありました。彼の思想や研究成果は多くの書籍として結実しています。代表的なものとしては、全10巻からなる『小池辰雄著作集』があります。この著作集には、無教会派の思想や芸術論、独自の神学、聖書研究、詩歌、随想など、彼の幅広い関心と深い洞察が収められています。特に、第1巻『無者キリスト』、第3巻『無の神学』、第7巻『聖書の人ルター』、第8巻『詩歌集』などは、彼の思想の核心に触れる上で重要な著作と言えるでしょう。

また、晩年には『キリスト告白録 マタイ伝福音書』全7巻を刊行しています。これはマタイ伝福音書を独自の視点から深く読み解いたもので、彼の到達したキリスト教理解を示す集大成の一つです。第一巻『山上の大告白』、第二巻『霊の貧者』、第三巻『聖意体現』、第四巻『狭き門』、第五巻『イエス眠り居給う』、第六巻『心安かれ』、第七巻『おさなごにならずば』と続き、福音書の各場面におけるキリストの言葉や行いを、彼の思想を通して鮮やかに描き出しています。

さらに、単著としては獨協学園図書館から刊行された『この道を往く』や、思想の中心を示す『無者キリスト』などがあります。共編著としては、矢内原忠雄と共に編纂した『藤井武選集』全8巻や、『ドイツ語固有名詞小辞典』の編纂に携わっています。

翻訳家としても優れた手腕を発揮し、ヨハンナ・スピーリの児童文学『神はわが友』『薔薇の乙女』をはじめ、ヒルティの『眠られぬ夜のために』、ベルジヤーエフの『神と人間の実存的弁証法』、デロベールとレシュレンによる『ミイラ 世界の死者儀礼』など、文学、哲学、人類学といった多岐にわたる分野の書籍を日本語に訳し、日本の読者に紹介しました。

親族には陸軍少将を務めた実兄の小池龍二がいます。また、キリストの幕屋の創始者である手島郁郎とは親しい友人関係にあったとされています。

教育者、文学者、そして思想家として、その生涯を歩んだ小池辰雄は、1996年8月29日に92歳でその生涯を終えました。彼の残した著作や思想は、今なお多くの人々に影響を与えています。

もう一度検索