居飛車穴熊

居飛車穴熊：持久戦の妙技と現代将棋への影響

居飛車穴熊は、将棋における主要な戦法の一つであり、特に居飛車対振り飛車戦で用いられます。堅牢な玉形と持久力に特徴を持つこの戦法は、長らくそのバランスの悪さから敬遠されてきましたが、田中寅彦九段の体系化によって昭和50年代から広く普及し、現代将棋に大きな影響を与えました。

田中寅彦九段と居飛車穴熊の隆盛

古くから居飛車対振り飛車戦では、玉頭位取りや左美濃といった持久戦が主流でした。しかし、田中九段は、当時異端とされていた居飛車穴熊に着目し、その序盤戦術を洗練させることで高い勝率を挙げました。彼の居飛車穴熊初採用は1976年、四段デビュー2戦目、佐藤大五郎氏との対戦でした。この試合では敗れましたが、その後10連勝を記録し、76年度の連勝賞と新人賞を受賞。デビュー年度に将棋大賞を受賞した棋士は、田中九段と2006年度の糸谷哲郎九段のみという快挙です。また、5年度の新人王戦では決勝で居飛車穴熊を用い、伊藤果七段を2勝0敗で下し、棋戦初優勝を飾りました。

田中九段以前にも升田幸三十四世名人が大山康晴十五世名人との名人戦で居飛車穴熊を採用した例がありますが、現代戦法として体系化し、普及させたのは田中九段の功績と言えるでしょう。

様々な振り飛車戦法に対する対応

居飛車穴熊は、その堅牢さから様々な振り飛車戦法に対応できますが、それぞれの戦法に対して適切な対策が必要です。

対角道を止める振り飛車: 角道を止める振り飛車に対しては、居飛車は飛車先を伸ばしていることが多く、バランスが悪くなります。しかし、▲6六銀型（4六銀型）からの7筋（3筋）攻略や引き角戦など、有効な攻撃手段があります。

対四間飛車: 1990年代以降、振り飛車側の戦術も洗練され、理想的な4枚穴熊を放棄するケースも増えました。振り飛車が△5四銀と速めに動けば、▲6六銀と上がっても△4五歩で▲6八角では△6五銀と返されます。そのため、居飛車側は▲5八金～▲6七金と繰り出す必要が生じ、居飛車穴熊側の狙いを緩和できます。しかし、振り飛車が待機策に出た場合、居飛車側は角を転換して使用したり、7筋の歩を活用したりといった打開策があります。また、松尾流穴熊への組み替えも有効な手段です。

対三間飛車: 三間飛車は、四間飛車のような△4五歩～△4六歩からの突破がないため、居飛車穴熊は組みやすいです。右銀を▲６六～▲7七と展開し、ビッグ4などに組みやすいため、安定して穴熊に組むことができます。しかし、振り飛車側が早めに動く△5四歩～△5三銀～△6四銀などの動きには注意が必要です。

対中飛車: 中飛車は、四間飛車や三間飛車のような組み替え戦法を持たないため、居飛車穴熊を許しやすい傾向があります。しかし、居飛車側は中央の守りを活かし、右銀を攻めに使う展開が多いです。

対向かい飛車: 向かい飛車は、速やかに反撃する必要があります。▲7八金（△3二金）型急戦や、5筋を付かない穴熊に対しては角道をあけて角交換を迫るといった指し方が用いられます。

対角道を止めない振り飛車: 近年流行している角道を止めない振り飛車は、居飛車穴熊に組まれにくいという利点があります。しかし、それでも居飛車穴熊は有力な戦法の一つです。

対ゴキゲン中飛車: 従来は、ゴキゲン中飛車に対して居飛車穴熊は不利とされていましたが、袖飛車対策として▲8八銀を保留することで戦えることが分かりました。

対石田流: 居飛車側はやや不利とされるものの、近年では研究が進み、戦いさえできれば玉形の堅さと遠さを活かせます。

「居飛車穴熊戦法」訴訟

居飛車穴熊の発案者をめぐって、アマチュア棋士の大木和博氏と田中寅彦九段の間で訴訟が起こりました。一審、二審ともに慰謝料請求は棄却され、最高裁も上告を棄却しました。この訴訟は、居飛車穴熊の歴史と、田中九段による現代戦法としての体系化の重要性を改めて示すものとなりました。

まとめ

居飛車穴熊は、その堅牢さと持久力から、現代将棋においても重要な戦法であり続けています。様々な振り飛車戦法に対応できる柔軟性と、高度な戦略的判断が求められる奥深い戦法と言えるでしょう。 田中寅彦九段の功績は、この戦法の普及と発展に大きく貢献しました。

もう一度検索