岡原昌男

岡原 昌男

岡原 昌男（おかはら まさお）は、1909年（明治42年）4月1日に岩手県胆沢郡水沢町（現在の奥州市）に生まれ、1994年（平成6年）7月14日に亡くなった日本の検察官であり、第8代最高裁判所長官です。

若きエリート検察官

幼少期から優れた学業成績を収め、小学校、中学校、旧制高等学校でそれぞれ飛び級を経験。仙台二中を経て旧制第二高等学校に進学し、わずか2年で卒業後、東京帝国大学法学部英法科に入学しました。在学中に高等試験司法科に合格し、20歳という若さで司法官試補となります。

検事として函館、浜松、千葉などで勤務し、司法省では刑事課長、人事課長、会計課長などを歴任。戦前は検察内部でもエリートとして目されており、特に公安分野に関与していましたが、直接的な思想統制に関わる部署には就かなかったため、戦後の公職追放を免れることになります。

派閥抗争と地方への異動

キャリアの転換点は1954年、法務省刑事局長から千葉地方検察庁検事正への異動でした。これは事実上の左遷と見なされました。その後、東京高等検察庁次席検事となりますが、1960年からは京都地方検察庁検事正に5年間在籍するという異例の人事を経験します。この間、検事正会議の場で検察の現状を批判するような発言をしましたが、組織内の反応は鈍かったとされます。その後、札幌、福岡、大阪の各高等検察庁で検事長を歴任し昇進はしましたが、検察の中枢ではなく地方勤務が続きました。

こうしたキャリアの軌跡は、当時の検察内部における激しい派閥対立の影響があったと指摘されています。戦前の思想検察の流れを汲む岸本義広氏を中心とする派閥と、刑事検察の流れを汲む馬場義続氏を中心とする派閥が対立する中で、岡原氏は岸本派に近いと見なされたため、中央の要職から遠ざけられ、大阪高等検察庁検事長で検察官としてのキャリアを終える見込みだったとされています。

最高裁へ、そして長官に

しかし、事態は急変します。1970年10月、大阪高等検察庁検事長であった岡原氏は、当時最高裁判所長官だった石田和外氏から最高裁判所判事就任の依頼を受けます。石田氏とは司法省時代からの旧知の間柄でした。同年10月28日に最高裁判所判事に就任する際、彼は「私は検察の利益代表ではありません」と述べ、自身の立場を明確にしました。

そして、1977年8月26日、弁護士出身の藤林益三長官の後を受けて、第8代最高裁判所長官に就任します。長官在任期間は1年7ヶ月と比較的に短かったですが、この間に大阪空港訴訟における大法廷での審理移行（判決自体は後任の服部長官時代）や、ロッキード事件における嘱託尋問調書に関する判断など、重要な事案に関与しました。

思想と発言

岡原氏は、夏目漱石の言葉である「則天去私」（小さな私心を超え、宇宙の大きな道に従うこと）を座右の銘としており、長官就任時の挨拶でもこの言葉を引いて、私心を捨てて道理にかなった姿を追求したいとの抱負を語りました。

また、自身の見解を率直に述べる人物としても知られています。最高裁入り以前の八幡製鉄事件大法廷判決による企業献金の合法化については、「企業献金は法律的に道理が通らない」「あれは当時の状況下で最高裁が企業を『助けた判決』だ」と批判的な見解を示しました。

最高裁長官時代の1978年憲法記念日の記者会見では、裁判の迅速化に触れ、「弁護人抜き裁判法案」の必要性を主張。「法廷で問題を起こす弁護士はばっさり（懲戒処分を）やればいい」と発言し、大きな波紋を呼びました。この発言に対し日本弁護士連合会（日弁連）は強く反発しましたが、後に日弁連が裁判審理促進に協力することで法案は廃案となりました。

長官退官後の1983年、ロッキード事件の田中角栄被告に対する一審有罪判決後、一部で唱えられた判決確定までの無罪推定論に対して、「一審判決の重みを理解しない見方だ」と述べ、上級審で逆転無罪となる判決は稀であるとして一審判決の重要性を強調しました。

1979年4月2日に最高裁判所長官を退官し、後任には裁判官出身の服部高顯氏が就任しました。同年4月29日には勲一等旭日大綬章を受章しています。

検察官としてのキャリアを派閥対立の影響下で歩みつつも、最高裁判所では時代の重要事件に関わり、自身の信念に基づいた発言を度々行った人物です。

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