岡本大八事件

岡本大八事件（おかもとだいはちじけん）

岡本大八事件は、慶長14年（1609年）から慶長17年（1612年）にかけて発生した江戸時代初期の疑獄事件です。この事件は、肥前日野江藩（後の島原藩）主である有馬晴信と、本多正純の家臣であった岡本大八を中心に展開し、貿易、キリスト教、権力闘争が複雑に絡み合いました。事件は、その後の日本の禁教令や対外政策に大きな影響を与えたことで知られています。

事件の経緯

マカオの朱印船騒擾事件

慶長14年（1609年）2月、有馬晴信の朱印船が占城（チャンパ）へ向かう途中、ポルトガル領マカオに寄港した際、晴信配下の水夫とポルトガル船員の間で取引をめぐる騒動が発生しました。マカオ総司令アンドレ・ペソアがこの騒動を鎮圧し、晴信側の水夫に多数の死者が出ました。

翌慶長15年（1610年）5月、ペソアは長崎奉行の長谷川藤広に事件の調書を提出。徳川家康への陳弁を申し出ましたが、藤広はポルトガルとの貿易縮小を恐れ、事件の真相を伏せたまま代理人を駿府へ派遣しました。この対応に不満を抱いたペソアは、自ら駿府へ赴こうとしましたが、イエズス会に止められました。このことが藤広の怒りを買い、晴信を唆して家康にペソアと商船の捕縛を請願させることになります。

ノサ・セニョーラ・ダ・グラサ号事件

家康は晴信にペソア捕縛の許可を与え、岡本大八を監視役として派遣しました。ペソアは駿府への召喚命令を無視し出港しようとしましたが、晴信が率いる船団に攻撃され、自ら船に火を放ち自決しました（ノサ・セニョーラ・ダ・グラサ号事件）。この事件により、ポルトガル船の来航は途絶え、生糸の供給が滞りました。さらに、藤広らの誣告により、家康の信任が厚かったポルトガル語通訳ジョアン・ロドリゲスがマカオへ追放されるなど、ポルトガル貿易に大きな打撃を与えました。

大八の虚偽の発覚

外交の接点を失ったポルトガルは貿易再開のため、薩摩藩の援助を得て使節を派遣。藤広の罷免と船の賠償を求めましたが、幕府は貿易の再開のみを認めました。晴信は、ポルトガルへの報復を果たしたことで、家康からの褒賞、特に龍造寺氏との争いで失った旧領の回復を期待していました。しかし、藤広との不和が生じ、大八は晴信の思惑につけ込み、「恩賞として旧領が与えられるよう、本多正純に取り計らう」と嘘を語り、多額の金銭を騙し取りました。

やがて、褒賞の連絡がないことを不審に思った晴信が正純に問い質したことで、大八の虚偽が発覚しました。

断罪

大八は取り調べに対し否認を続けましたが、家康の命により彦坂光正が調査を行い、大八を捕縛。厳しい拷問により、大八は朱印状の偽造を認めました。慶長17年（1612年）3月、大八は朱印状偽造の罪で火刑に処され、晴信も長崎奉行殺害を企図した罪で流罪となり、後に切腹を命じられました。一方、藤広には一切の咎めはありませんでした。

事件の影響

キリスト禁教令

大八の処刑と同日、幕府はキリスト教禁教令を発布し、大名に棄教を迫りました。棄教に応じない大名は改易などの処分を受けました。慶長18年（1613年）には禁教令が全国に拡大され、キリスト教徒への弾圧が強化されました。

対外貿易の転機

藤広はカトリック系を排斥する一方で、プロテスタント系のオランダやイギリスとの貿易を奨励しました。ウィリアム・アダムス（三浦按針）の活躍もあり、平戸にオランダ商館、イギリス商館が設立され貿易が活発化しましたが、後に外国船の入港は長崎と平戸に限定され、鎖国体制の端緒となりました。

岡本大八事件は、キリスト教禁教と鎖国体制への移行を促す転換点となった事件として、日本の歴史に深く刻まれています。

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