岩波講座日本歴史

岩波講座日本歴史（いわなみこうざにほんれきし）は、岩波書店から世に出されている、日本の歴史を主題とした学術叢書です。日本の歴史学、すなわち日本史学に関する重要な出版物の一つであり、最も古い時代である原始・古代から現代に至るまでの全期間を体系的にカバーしています。この叢書は、岩波書店が手掛ける多岐にわたる「岩波講座」シリーズの一環を成すものです。注目すべきは、この名称の叢書が戦前以来、四度にわたって刊行されていることに加え、同様の趣旨を持つ『岩波講座日本通史』を含めると計五回のシリーズ展開を見せている点です。これは、「岩波講座」全体の中でも、最も多くのシリーズが企画・刊行された稀有な例となっています。

この叢書は、いわゆる「講座もの」と呼ばれる形式を採用しています。これは、多様な分野の研究者がそれぞれの専門分野に基づき執筆した論文を、時代の流れや特定のテーマに沿って編成することで、日本の歴史全体を網羅的に扱っているものです。各巻は、編集委員会が設定した時代区分やテーマに基づき、執筆者に依頼された原稿を集め、これをチェックした上で刊行されます。一般的な読者向けの歴史概説書や通史とは異なり、大学で歴史を専攻する学生や専門的な歴史研究者、あるいは高等学校で歴史を教える教員などを主な読者層として想定しています。そのため、収録されているのは、各時代の個別のテーマに関する専門的かつ概説的な論文が中心となっています。

また、いずれのシリーズにおいても、「別巻」やそれに類する巻が設けられている点も特徴です。これらの巻では、当該時期における研究の現状を含む史学史（研究史）、史料の扱い方（史料論）、歴史研究の方法論など、専門家にとって特に有用な内容が収められています。したがって、これらの別巻や本編に収録された論文全体を通して、その時点における日本の歴史学界の研究動向や学術的な水準を反映するものと言えます。さらに、この講座に掲載された論考が、後にその著者の単著の一部として再構成され、単行本として刊行されることも少なくありません。例えば、1975年版の講座に「中世都市論」を寄稿した網野善彦氏は、後にこの論考を基に単行本『日本中世都市の世界』を著しました。

この講座は、編集および印刷が完了した巻から順次刊行される方式を取っていたため、必ずしも巻数の若い順に刊行されたわけではありません。特に戦後に刊行された第2次シリーズ以降では、概ね月に一度のペースで読者のもとに届けられ、各巻には著名な研究者や文化人による短い文章を収録した別刷りの「月報」が付録として添えられています。この月報は、各巻の刊行順に番号が付けられていました。

シリーズの展開

第1次（1933-35年）: 戦前に唯一刊行されたシリーズで、「岩波講座第10次シリーズ」の一つとして企画されました。国史研究会が編集を担当し、1933年から1935年にかけて刊行されました。全10巻構成でしたが、各巻がさらに細かく著者別の冊子に分かれており、合計129分冊という形式を取っていました。

第2次（1962-64年）: 戦後最初のシリーズとして、1962年4月から1964年2月にかけて刊行されました。全23巻（うち別巻2巻）からなります。戦後日本の歴史学界で一般的となった、原始・古代・中世・近世・近代・現代という時代区分を採用しています。各時代の最初の巻には編纂委員による総論的な「序説」が、最後の巻には各時代の研究状況を解説する論文が収められました。このシリーズの時代区分の特徴として、近代と現代の区切りを、日本における帝国主義すなわち独占資本主義の成立期に置いている点が挙げられます。

第3次（1975-77年）: 1975年5月から1977年6月にかけて刊行されたシリーズです。本編23巻および別巻3巻の全26巻構成となりました。こちらも各時代の最初の巻には編集委員による「序説」が付されています。時代区分は第2次と同様ですが、特に近代史と現代史に多くの巻（合わせて10巻）が割かれ、現代史の範囲は占領期から日韓基本条約締結までとされています。

第4次（1993-96年）『岩波講座日本通史』: このシリーズは、1993年9月から1996年3月にかけて、『岩波講座日本通史』というタイトルで刊行されました。全21巻の本編と別巻4巻からなる全25巻構成です。他のシリーズと異なり、本編（2～21巻）では、各時代の政治・経済・社会を総合的に論じる「通史」に加え、重要なテーマを扱う「論説」、文化に関する「文化論」、特徴的なテーマの「特論」といった複数の形式の論考が設定されました。時代区分は、近現代史が第3次シリーズより縮小され、特にアジア・太平洋戦争での敗戦をシリーズ構成上の明確な時代区分として採用していない点が特徴的です。

* 第5次（2013-15年）: 現在、最も新しいシリーズとして、2013年11月から2015年2月にかけて刊行されました。全22巻（うち別巻3巻）からなります。各時代の最初の巻には編集委員による「招待」という総論が付されています。このシリーズの大きな特徴は、これまでの近代史と現代史を分けずに「近現代史」として統合的に扱っている点です。時代は戊辰戦争期から平成期までをこの近現代史でカバーしています。

類似の叢書

岩波講座日本歴史と同様の形式を取る叢書としては、歴史学研究会と日本史研究会が編集し、東京大学出版会から刊行されているシリーズが挙げられます。これらのシリーズも、多数の研究者による専門論文を集め、日本史の全時代を網羅する形で構成されています。

この岩波講座日本歴史は、その複数のシリーズ展開を通じて、各時代の歴史学の研究成果を集約し、日本の歴史学の発展に大きく貢献してきた学術叢書と言えるでしょう。

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