川豊

千葉県成田市に店を構える有限会社川豊は、古くから愛される鰻料理を提供しています。その本店は、成田山新勝寺へと続く風情ある表参道に位置し、建物自体が国の登録有形文化財に登録されています。

JR成田駅から新勝寺までの約800メートルに及ぶ表参道は、登録有形文化財を含む江戸情緒漂う建物が軒を連ね、特に成田国際空港を利用する外国人観光客からも高い人気を集めるエリアです。この参道には、伝統の味を守り続ける店から新たな挑戦をする店まで、個性豊かな約60軒の鰻料理店がひしめき合っています。中でも、近江屋、ひかたや、駿河屋、そして川豊は老舗として広く知られており、1910年（明治43年）創業の川豊は、その中でも特に多くの客を引き寄せています。

歴史
成田山への参詣は、歌舞伎役者の市川團十郎（屋号が成田屋）が熱心に詣でたことから江戸時代に隆盛を迎えました。当時、江戸から徒歩で数日かけて成田を訪れる参拝客のために、地元の人々が利根川や印旛沼で獲れた天然の鰻料理を振る舞い、疲れを癒し精を付けてもらったのが、成田の鰻料理の始まりと伝えられています。川豊の原点は、1910年（明治43年）に伊藤豊治氏が創業した「丸豊川魚店」です。鯉や鰻などの川魚の漁獲・卸売業として始まり、やがて自ら養殖も手掛けるようになり、その魚を調理して提供したことが鰻料理店としての基礎となりました。
1967年（昭和42年）には現在の成田山表参道に店舗を移転し、屋号を現在の「川豊」に改めました。
2014年（平成26年）には、川豊社長の伊藤小澄氏が、地域の他の若手経営者と共に「成田門前のれん会」を結成し、成田山門前町の活性化に向けた活動を開始しています。
そして、川豊本店は2019年（令和元年）11月に文化審議会から国の登録有形文化財とする答申を受け、2020年（令和2年）4月3日に正式に登録されました。

店舗と料理
川豊は現在、本店、別館、西口館の3店舗を展開しています。このうち、職人が鰻をさばき、焼く様子を店外からも見学できるのは本店だけです。これは、「割きたて、蒸したて、焼きたて」という川豊のこだわりをお客様に目で見て確認してもらうための試みです。別館と西口館では、主に宴会や個室利用に対応しています。

本店
国の登録有形文化財に登録された本店は、成田山新勝寺の表参道に面した木造3階建ての建物です。1911年（明治44年）頃に2階建てで建てられ、1926年（大正15年）に旅館として使われる際に3階が増築されました。1967年（昭和42年）から川豊本店として使われており、1階の開放的な造りや、2・3階に残る旅館時代の名残が特徴です。この建物は、新勝寺周辺の歴史的な景観を形作る重要な要素として評価されています。
1階にはテーブル席と掘りごたつ席があり、職人が鰻を調理する活気ある様子を間近で見ながら食事を楽しめます。特に目を引くのは、長さ2メートル、幅1メートル、厚さ30センチメートルのイチョウの一枚板から作られた巨大なまな板です。また、店内には樹齢数百年、長さ10メートルにも及ぶ立派なスギの梁があり、歴史を感じさせます。2階は座敷となっており、欄間や組子細工が施された建具など、凝った建築意匠を鑑賞できます。
一日に提供される鰻料理は平均約300食ですが、繁忙期には1,000尾もの鰻がさばかれることもあります。休日など混雑時は整理券を配布し、正月三が日には3〜4時間待ちとなることもあるほどです。鰻をさばく職人は、長い日には10時間以上黙々と作業を続けるといいます。使用する鰻は、板長が鮮度を厳しく目利きして選んでおり、時期によって最良の産地のものが提供されます。
主なメニューはうな重、白焼き、肝吸いなど。「上うな重」が最も人気です。調理法は、背開きにした鰻を串打ちし、白焼きにした後に一度蒸し器で蒸す「関東風」です。この「蒸し」の工程により余分な脂が落ち、鰻はふっくらと仕上がります。その後、創業以来つぎ足しで守られてきた薄甘口の秘伝のタレを塗り、香ばしく焼き上げます。このタレは、鰻本来の味を引き立てるために敢えて薄甘口にしているのが特徴です。ご飯には千葉県産のコシヒカリを使用し、タレと絡んでもべたつかないように絶妙な固さに炊き上げています。鰻料理の他に、鯉のあらいや鯉こくといった川魚料理も提供しています。持ち帰りメニューは、蒲焼と鰻丼（弁当）のみです。

別館
別館は、1,000坪（約3,300平方メートル）もの広大な庭園を持つ数寄屋造りの平屋建てで、200席を擁します。本店の混雑を避けて、正月に別館を利用する常連客もいるそうです。ここでは鰻料理だけでなく、天ぷらや刺身など幅広い日本料理を提供しています。2013年（平成25年）には、タイのテレビドラマのロケ地としても使用されました。

コロナ禍での対応
新型コロナウイルス感染症のパンデミックに際し、川豊本店は緊急事態宣言下でも従業員の雇用維持と顧客への提供使命から営業を継続しました。しかし、一時は例年の2割まで来客数が激減しました。これは、特に成田国際空港を利用する訪日外国人旅行者がいなくなった影響が大きいといいます。航空便の欠航が相次いだことで、鰻の仕入れ先の変更も余儀なくされました。
この困難な状況を乗り越えるため、川豊はテイクアウト事業に注力することを決めました。特に力を入れたのが、真空パックに詰めた蒲焼や弁当の販売です。蒲焼の真空パックは、注文を受けてから鰻をさばくというこだわりが評判を呼び、北海道から沖縄県まで全国各地から注文が殺到し、例年の2〜3倍の売り上げを記録しました。また、店頭に「持ち帰り可能」の幟を設置したところ、従来の1.5倍もの利用があったといいます。
店内営業においても感染対策を徹底し、通常の160席から座席数を半減させて間隔を確保しつつ、近隣の空き店舗を借りて約100席を追加で確保するという工夫を行いました。従業員は毎朝の検温を義務付け、勤務中はマスク着用と手指消毒を徹底しました。鰻を焼く職人もマスクを着用し、熱中症に注意しながら業務にあたりました。

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