川辺本陣

川辺本陣と川辺脇本陣：往時の面影を偲ぶ

岡山県倉敷市真備町川辺に、かつて存在した川辺本陣と川辺脇本陣。江戸時代、この地は山陽道の宿場町として、また小田川と高梁川の合流地点に位置する川港として大いに賑わいました。総社町を凌ぐほどの繁栄を見せた川辺村は、現在の真備町内で最も栄えた地だったと言われています。

川辺本陣の歴史

1615年（元和元年）、備中国岡田藩初代藩主となった伊東長実は、翌年に服部村に藩邸を置き、その後1624年（寛永元年）に川辺村の土居屋敷へ移りました。4代・長貞が1664年（寛文4年）に藩邸を岡田村へ移すまでの間、伊東氏は「川辺の殿様」として君臨し、その間に本陣・脇本陣を整備。内堤防を築いて水害を防ぐなど、川辺の繁栄の基礎を築きました。

川辺村は宿場町として発展し、参勤交代の大名行列や旅人たちで賑わいました。村の6割が旅館や茶店として繁盛するほどで、その賑わいは想像を絶するものだったでしょう。1810年（文化7年）に萩藩が参勤交代で川辺本陣に宿泊した際には、841人もの人数を95軒の宿屋で賄ったという記録が残っています。また、1729年（享保14年）には、象が初めて日本にやって来た際に川辺村に一泊したという記録や、伊能忠敬が日本地図作成のために全国を測量した際、1809年（文化6年）に川辺本陣に宿泊した記録も残っています。

当時、高梁川には橋がなく、川の水位が上がると旅人が足止めされることが度々ありました。そのため、川辺宿の町家の規模は、矢掛本陣のある矢掛宿よりも大きかったのではないかと考えられています。

しかし、残念ながら川辺本陣・脇本陣ともに現存しておらず、現在は跡を示す石碑が建てられているのみです。

川辺本陣（難波氏邸宅）

川辺本陣は、醤油屋を営んでいた難波氏の邸宅でした。1978年に発見された「川辺本陣間取り図」によると、その邸宅は豪壮で広大であり、規模は重要文化財である矢掛本陣とほぼ同じだったと伝えられています。平常時に使用する畳数は143畳、大名宿泊時には2階座敷や蔵座敷なども加えて200畳近くになり、部屋数も30近くに及んだと言われています。

1737年（元文2年）に萩藩6代藩主・毛利宗広が参勤交代で宿泊した際の宿賃は、「銀子五枚 難波弥三兵衛」「金子弐百疋 御本陣下宿」であったという記録も残っています。

しかし、1893年（明治26年）の大洪水によって川辺本陣一帯は甚大な被害を受け、本陣そのものが流失してしまいました。残念ながら、難波氏の資料も残っていません。

川辺脇本陣（日枝氏邸宅）

川辺脇本陣は、本陣から50メートルほど西に位置する日枝氏の邸宅の一部でした。山一證券社長を務めた太田収の父・始四郎（旧姓・日枝）の実家でもあります。日枝氏の生業は明らかになっていません。

脇本陣の建物は明治26年の洪水の際にも流失を免れ、その後は村役場や川辺巡査駐在所、農協の倉庫などとして1975年（昭和50年）ごろまで利用されていましたが、その後廃家となり、1988年（昭和63年）ごろ解体されました。現在は、消防器庫が建てられています。

アクセス

JR西日本伯備線「清音駅」より真備地区コミュニティタクシー「脇本陣跡」バス停まで徒歩約19分
井原鉄道「川辺宿駅」より真備地区コミュニティタクシー「脇本陣跡」バス停まで徒歩約20分

『本陣殺人事件』と川辺本陣

推理作家・横溝正史は、第二次世界大戦末期から3年余りを吉備郡真備町岡田村（現・倉敷市真備町岡田）に疎開していました。その疎開宅で、金田一耕助が初登場する『本陣殺人事件』を執筆・発表しました。

横溝は疎開宅でのインタビューで、「近ごろ力の入ったのは雑誌『宝石』に書いた『本陣殺人事件』、これはこの村（岡田村）を舞台にとったもんだ」と述べています。

『本陣殺人事件』には川辺本陣の名前こそ記載されていませんが、作中には「一柳家はもと、この向こうの「川―村」の者であった。「川―村」というのは昔の中国街道に当たっていて、江戸時代にはそこに宿場があり一柳家はその宿場の本陣であった」という記述があります。

横溝の妻・孝子は、一柳家のモデル宅について、村人たちから「大加藤」と呼ばれている加藤家の屋敷の本家で、「もとは高梁川のたもとの川辺村で本陣として構えていた加藤家だったのですが、明治二十六年の高梁川大氾濫で桜部落の小高いところへ移ったということです」と記しています。ただし、川辺本陣は難波氏の邸宅であり、加藤家の由来は不明です。

周辺の史跡・施設

川辺一里塚跡：川辺の渡し（高梁川右岸）にあった一里塚。1925年（大正14年）に現在地に移転。
艮御崎神社：吉備津神社本殿の「艮」に祀られている艮御崎宮を勧請した神社。
* 横溝正史疎開宅：横溝正史が『本陣殺人事件』を執筆・発表した疎開宅。

川辺本陣と川辺脇本陣は、今は石碑を残すのみですが、かつての宿場町の賑わいを偲ばせる貴重な史跡です。周辺の史跡と合わせて訪れることで、より深く歴史を感じることができるでしょう。

もう一度検索